《MUMEI》

 今までの王士と流を見てきて、俺はある決意をもってカマをかけた。
 何を言ってるんだ?、という様子で聞いていた王士は、しばし俯いた後、ゆっくりとかぶりをふった。

 「……よく、分からない」

 嘘だ。
 俺は、王士の精一杯の嘘を容赦なく見破る。
 いくら犠牲者を出さないためとはいえ。
 いくら正義感が強いとはいえ。
 人間、好きでもない相手とずっと一緒にいようとは思わない。
 相手のワガママともいえる願望を聞いてやったりはしない。
 石動 王士は、心にもないことを言ったり、態度に出したりは決してしない。
 俺はそう理解しているし、事実、そうだからだ。

 王士のことだ、おおかた殺した犯罪者への代償として、流に想いを伝えないつもりなんだろう。
 バカなヤツだ。
 犯罪者なんかに払ってやる代償なんぞ、必要ないというのに。
 そんな思いをしなくていいように、救いのない、どうしようもなく腐った犯罪者をターゲットに選んでいるというのに。
 だが、こういう妙に律義で、何でもかんでも抱え込んでしまうのが、石動 王士という人間なのだ。
 長所・短所などとは表現できない、“らしさ”。
 王士には、学校でも気兼ねなく接する友人が多い。
 その理由は案外、そんな王士“らしさ”からなのかもしれない。
 俺は軽く息を吐くと、なおも葛藤している王士に、努めて明るく言う。

 「さて、そろそろできるぞ。流を呼んできてくれるか?」
 「あ……ああ」

 俺の態度の変わり様に面を食らいながらも、流を呼びに行く王士。
 いくぶんかホッとした様子だったが、まだ思い悩んでいるようだ。
 王士がリビングを出たのを確認した後、俺は毒づく。

 「まったく……しっかりしてくれよ、救世主」

 はがゆい思いが胸にわだかまる。
 そのわだかまりは、ある記憶を呼び起こした。 流は小さい頃から絵本が好きだった。
 毎日毎日、何度も何度も飽きることなく読み続けていたものだ。
 好きな話は決まっていた。
 お姫さまが王子さまに助けられ、幸せに暮らす。
 そんな、どこにでもあるような陳腐なお話。
 そんな流を見て、当時の俺は流と時折、同じようなやりとりをしていた。

 『流は、ほんとに絵本が好きだな』
 『うん。……おにいちゃん?』
 『なんだ?』
『流も…流も、絵本みたいなお姫さまになれるの? 流にも、王子さまが来てくれる?』
『もちろん。必ず現れるさ、そして流を絶対に幸せにしてくれる』
『ほんと?』
『ほんとだとも』

 流がニッコリと微笑む。
 俺も肯定するように微笑みを返す。




 あの時の俺は、必ず流の王子さまは現れると自信を持って言えた。
 流を守り、幸せにする。
 それは、俺にしかできないことだと信じていた。
 だが、王士に出会ってから、その考えが間違っていることを知った。
 今の流は王士を通して、自分の殺人衝動を制御できている。
 そして、ずっと笑顔でいてくれる。
 俺ですら見たことのない、とびきりの笑顔。
 

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