《MUMEI》
生贄
マッサージ師の乾由美子。彼女は健康ランドでマッサージの仕事をしている。
仕事を終え、帰路、携帯電話でメールを見ながら歩いていた。
日本人は警戒心が薄い。日本の安全神話など、とっくの昔に崩壊しているのに、警戒心のない日本人は多い。
公園の近くの暗い夜道でメールを読みながら歩く。周囲をあまり見ていない。前から来る自転車に気づかないくらいだから、背後から音もなく忍び寄る影には、到底無防備だ。
「んんん!」
いきなり口と鼻をハンカチで塞がれた。まずい。もがこうとしたが力が抜けた。由美子は意識が遠のく。
「んんん…」
無念にもガクッと男に体を預けてしまった。


目が覚めた。由美子は自分の姿を見て目を丸くした。
「んんん、んんん!」
バスタオル一枚で裸足。しかも場所は公園だ。口には猿轡が咬まされ、手首はキッチリ手ぬぐいで木の枝に縛りつけられている。
こんなところを人に見られたら恥ずかしくてたまらない。
「……」
由美子は静かな公園を見渡した。だれもいない。不安な目。肩までのきれいな黒髪も汗でびっしょりだ。
変な連中に見つかったら恥ずかしいでは済まない。夜の公園は危険だ。由美子は恐怖に身をよじった。
(怖い、だれか助けて…)
そのとき、変なマスクをかぶった黒装束の男が、由美子に近づいて来た。
「んんん!」
生きた心地がしない。彼女は必死に手首に力を入れてほどこうとした。しかし手ぬぐいはガッチリ由美子を拘束している。
マスクは不気味だ。黄色の長髪は腰まで届き、水牛のような角が頭から二本出ている。
目はオレンジに光り、目の玉がない。口は大きく、牙が見える。
アニメの悪魔にはよくある顔だが、由美子は心臓が止まるかと思うほど胸がドキドキしていた。
マスクマンが由美子の目の前に立つ。彼女は怯えた表情で首を左右に振りながら、哀願に満ちた目で男を見つめた。
怪しいマスクマンは耳もとで囁く。
「そんなに怖がらなくてもいい。安心しろ。いい子にしていればひどいことはしない」
由美子は静かにした。
「女の子の猿轡されてる姿ってかわいいよな。目で訴えるしかないから。そのつぶらな瞳は男を興奮させる」
由美子は慌てた。
「今おまえ心の中で変態って言っただろう?」
「んんん!」由美子は激しく首を左右に振った。
「言ってない?」
「ん」由美子はしきりに頷いた。
「スレンダーは好みのタイプだ。野外で素っ裸にされる気分はどうだ?」
何という恐ろしいセリフを。由美子は一生懸命首を左右に振った。
「生贄にされてしまったんだから、裸を晒すのは諦めな」
生贄。完全にイカれている。由美子は恐怖におののいた。男がバスタオルに手をかける。
「んんん、んんん!」
思わず涙を流す由美子を見て、男は言った。
「全裸は恥ずかしいか?」
「ん」かわいく頷くしかなかった。
「わかった。少しお喋りがしたいな。猿轡外してあげるけど、悲鳴を上げたらダメだよ」
由美子は何度も頷いた。
「あと、ほどいてって一言でも言ったら、ここをほどくよ」
男がバスタオルの結び目を指差す。由美子は素直に頷いた。ここは言う通りにするしかない。
マスクマンは、猿轡を外した。

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