《MUMEI》

滝川は暫く無言の間を開けた後
「中川――!」
ベッドに眠る深沢を何の説明も無しに指差しながら縋り付いていた
何の事かが当然理解出来ない中川が
どうしたのかと首を傾げる
「望、助けてくれよ。なぁ!」
「ちょっ……。奏君、どうしたの?とにかく、落着いて」
取り乱していくばかりの滝川を宥めてやりながら
詳しい状況説明を求める中川へ
呼吸を整え、僅かばかり落着きを取り戻した滝川は話す事を始めた
正人の事、そして長が住まう杜の中の村の事を
「正人が、そんな事に……」
「ごめん。何か、放りだしてきたみたいになって……」
頭を下げる滝川へ
中川は首を緩く横へと振りながら
「……奏君達が悪いんじゃないわ。アイツが馬鹿だったのがいけないの」
「けど……」
「そんな事より、深沢を何とかする方が先よ」
未だ眠るばかりの深沢を見、中川は徐に携帯を取って出した
何処かへと掛け
「……取り敢えず、内臓の様子がみたいから、機材をこっちに持ってきて。お願いね」
用件を端的に伝えると電話を切っていた
一体これから何が行われるのか、と滝川が伺えば
「ちょっと気になるから簡単に検査してみるだけ。大丈夫よ、心配しないで」
柔らかな笑みを向けられてしまえば、それ以上何を言う事も滝川は出来ず
暫くして大量の機器が家へと運びこまれてきた
調べる事が始まり、モニターを見る中川がその様に絶句していた
「何よ、これ……」
「どうしたんだよ?」
機会を覗き込み、絶句する中川へ
何事かと滝川が問う事をすれば、青ざめている彼女の顔が間近
「中川?」
反応のない中川へ改めて名前を呼んでやる
「……内臓の殆どが腐ってきちゃってる。何で、こんな事に……」
声を震わせ、呟いて
「腐ってるって……」
どういう事かを滝川がまた問うてみれば
中川の表情が一層険しいソレに変わる
「しかも幻影の(巣)まで腐っちゃってる。こんなの、有り得ない筈なのに……!」
「幻影の巣?何だよ、それ」
「幻影はね、自分が傷ついたり、疲れたりすると寄生した人間の身体の中で休む事があるの。その時使うのがその巣で、その巣は幻影が宿主の元へ帰ってくるように、幻影が好む香りを常に出しているんだけど……」
「それが、腐ってるって事は……」
「そう。このままだと、幻影は深沢の所へは帰って来られない」
中川の言葉に、滝川の顔から血の気が引いて行く
幻影が傍らに無いという事は
深沢の身体に酷く負担を強いる事になる
これ以上、苦しめたくなどないのに
「……薬、作ってくるわ。今までのじゃ効きそうにないから」
両の手で顔を覆ってしまった滝川へ
手早く機会を片すと、中川は踵を返しその場を後にしていた
二人きりに戻った室内
静かになった其処に、深沢の荒くなっていく呼吸ばかりが響く
苦しげな寝顔を覗き込んでやれば
後頭部に手が不意に伸び
引き寄せられたかと思えば深沢と唇が重なった
「望……?」
普段の穏やかな口付けとは違い
滝川の全てを貪るかの様な、噛みつく様なキスをされた
息苦しさを感じ、深沢の背を殴りつければ
途端に、その身体が糸の切れた人形のように崩れ落ちる
降ってくるその重みを受け止めながら
滝川は胸の内に訳の分からない不安を覚えた
「……大丈夫、だよな」
これから先、もう何事も起こる事が無いように、と
滝川は眠る深沢を抱きしめながら切に願うばかりだった……

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