《MUMEI》
本物のS
謎のマスクマンは、由美子の顔を見ると、囁いた。
「イイ女だな。名前は何ていう。嘘を言ったら裸にしちゃうぞ」
男の言葉攻めに由美子はドキッとした。
「乾です」
「いぬい?」
「由美子」
「いぬい、ゆみこ。漢字を一発で当てたらバスタオルを取られるっていうゲームはどうだ?」
「ヤです」由美子は怯えた。
「恥をかくのは嫌いか?」
「はい」
「でも人に恥をかかせるのは好きだろ?」
「そんなことありません」
身じろぎする由美子に、男は顔をさらに近づけた。
「最近、人に赤っ恥をかかせたのはだれだ?」
由美子は目を丸くして男を凝視した。
「まさか、あなたは?」
由美子は、震えながら平謝りだ。
「ごめんなさい、あれは違うんです!」
「言い訳をするのか?」
「言い訳はしません。土下座して謝りますから手首をほどいてください」
男はマスクの中で笑ったようだ。
「今ほどいてって言ったな?」
「あっ!」
マスクマンがバスタオルの結び目に手をかける。由美子は本気で慌てた。裸を見られるのは絶対に嫌だ。
「待ってください、待ってください、やめて、やめて!」
やめてくれた。
「口が滑っただけか?」
「はい、ごめんなさい」
泣き顔で謝る由美子を見て、男は言った。
「おまえはいい子だ。いい子には、ひどいことはできない。俺って優しいだろ?」
「優しいです」即答するしかなかった。
「よし、許してやろう」
男は背を向けると、去ろうとした。由美子は呼び止めた。
「待ってください」
「ん?」マスクマンはわざとらしく聞いた。「まだ何かあるのか?」
「あたし、このまま置き去りにされたら、困ります」
「第一発見者にほどいてもらえ」
「そんな」由美子は涙目で見つめた。
「第一発見者が紳士であることを祈れ」
「お願いです、助けてください」
男はまた由美子の近くに歩み寄る。
「ほどいてほしいか?」
「お願いします」
「では、交換条件を出そう」
「交換条件?」
「警察には言わないことだ」
「言うわけないじゃないですか。あたしが悪いんだから」
「本当にそう思っているのか?」
「思っています」
由美子はプライドを捨てて男を見つめた。手首を縛られているから、バッとタオルを取られたら全裸をこの男に晒してしまう。
それだけではない。裸のまま置き去りにされたら終わりだから、この男に許してもらう以外ないのだ。
「一生のお願いです。この通りです」悔しいけど頭を下げた。
「よし、わかった。許してあげよう」
男は木の裏から黒いスポーツバッグを掴み、由美子の足下に置いた。
「この中に服も財布もある。俺様は強盗ではないからな」
男は由美子の手首をほどいた。
「ありがとうございます」
「おまえはなかなかいい子だ」
そう言うとマスクマンは、ゆっくり歩いてその場を去った。由美子はバスタオル一枚のまま尻餅をついてしまった。
生まれて初めて経験したレイプの恐怖。とにかく助かって良かった。それしかない。
由美子は早く服を着なければ危ないのに、茫然自失してすぐに動けなかった。
(いけない。ここは夜の公園だ。変な連中にでも見つかったらアウトだ)
由美子はゆっくり立ち上がると、お尻をはたいた。
「あっ!」
遅かった。柄の悪そうな若い男が三人、こちらを見ている。
「何あの子?」
「うっひょーい!」
三人は走って来た。由美子は顔面蒼白だ。
「ヤダ、どうしよう…」

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