《MUMEI》
痛烈な言葉
病院の廊下で、美里と瑠璃花は医師と話していた。
「本人は刑事さんと話してもいいと言っています」
「そうですか」
「怪我もしておりませんし、落ち着いていますが、興奮させるような質問はなるべく控えてください。PTSDが心配ですから」
「わかりました」
美里と瑠璃花は病室に入った。由美子は寝ていたが、二人を見て起き上がろうとした。
「あ、寝ててください」
「大丈夫です」由美子は上体を起こした。
「気分は、落ち着きましたか?」美里が聞く。
「はい。助けていただいて、本当にありがとうございました」
「いえ」美里は、優しく聞いた。「乾さん。あの三人の男の話だと、あなたは始めからバスタオル一枚だったと言うんですが、それは本当ですか?」
由美子は力なく頷いた。
「本当です」
「ということは、ほかに犯人がいるということですか?」
「……」
由美子は俯いたまま黙った。瑠璃花はじっと由美子の表情を見ていた。
美里がさらに聞く。
「女性をそんな格好で公園に置き去りにするなんて、絶対に許せません。犯人の顔を見ましたか?」
「刑事さん」由美子は強い目の光を、美里に向けた。「あたしが、もしも告訴しなかったら、これは事件にならないんですか?」
「どういう意味ですか?」
「大袈裟にしたくないんです。レイプはされてません。服だって、財布もケータイも置いてってくれて。それに…」
「それに?」
「タオルだけは許してくださいと必死にお願いしたら、許してくれました。本当に邪悪な男なら、あたし、もっと恥ずかしい目に遭わされていたと思うんです」
由美子は興奮気味にまくし立てた。
「容赦なく裸で置き去りにされたら、絶対困ります。犯人は、そんなに悪い人ではないと思います」
「しかしですね…」
「あたし、木の枝に手首を縛られていたんです」
「え?」
「それもお願いしたら、ほどいてくれました。だから訴えません」
美里は驚いた顔をしたが、由美子はさらに続けた。
「逆恨みされるほうが怖いです。せっかく許してくれたんだから、もういいです。だって、捕まったってすぐ出てこれるんでしょ。警察はあたしを守ってはくれないでしょ?」
美里はハッとした。
警察はあたしを守ってはくれない…。痛烈な言葉だ。
美里は目線を落とした。
警察は市民を守ってきたか。確実に守ってきたと胸を張れる警察署など、どこにもないだろう。
美里は自分の名刺を由美子に渡した。
「わかりました。何かありましたら、ご連絡ください」
由美子は頭を下げた。
「刑事さんのことは、命の恩人だと思っていますから」
「そんなこと」
美里と瑠璃花は、廊下に出た。
「絶対守りますって言いたかった。でも、そんな無責任な約束はできないし…」
「先輩」

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