《MUMEI》
3
 『何故、私を責めるの?私は、ただ自分を守りたかった、それだけなのに……』
夢現の挟間
深沢は、何かを喚くような声を聞いた様な気がした
『……私を一人にするのなら、皆死んでしまえばいい。雨に降られて死んでしまえば……!』
痛々しい程の訴え
朧げだったその姿が段々と鮮明になり、見えてきたのは蜘蛛の姿
何も無く、唯広いばかりの其処に一人蹲り
顔を両の手で覆い、只管に泣く事をしていた
『どうせ、誰一人として元になんて戻れないのだから……』
求めるかの様に手を差し伸べられ、触れたしまう寸前に
深沢は眼を覚まし飛び起きる
乱れるばかりの呼吸と怠い身体
起き上がるだけでも辛かったが、ひどく喉が渇いていた
「……水」
一口だけでも飲みたい、と
深沢はベッドを降りると、這う様に台所へ
流しの蛇口を捻り、流れだす水を直接飲み始める
カルキ臭かったが、程良く冷えたソレが喉を通って行った
渇きも僅かに癒え、安堵に胸を撫で下ろした直後
深沢の口から咳の音が付いて出る
呼吸すらままならない程酷い咳に、飲んだばかりの水が逆流してくる
何の味もなかった筈のソレが、酸いものへと変わり口の中へと広がった
その味の不味さに耐えきれず、深沢は流しへと両の手を付きえづく事を始め
呻くようなその低い声に、寝から覚めた滝川が
「望!」
背後から深沢の身体を抱いていた
苦しげに口元を拭う深沢の身を翻してやると、滝川からのキス
男にしては柔らかなソレが触れた途端
あれ程までに苦しかった身体が楽になっていた
「……悪い」
縋ってしまう自分が余りに惨めで
それでも、今の深沢にはそうするしか出来ない
「望、大丈夫だって。本当、大丈夫だから」
その身体を抱き返し、背をゆるりと叩いてやりながら宥めてやる声
何の根拠もないその言葉
だがその不確かでしかない筈の言葉で、深沢は安堵し方を撫で下ろしていた
取り敢えず滝川は深沢をベッドへと連れていき
寝る様促してやると、出掛けるのか身支度を始める
「奏?」
「中川の処、行ってくる。薬貰いに行くだけだから」
すぐに戻る、と続けて伝え滝川は外へ
深沢を一人置いて行く戸に若干の不安はあったが、薬が無ければどうしようもない訳で
早々に行って帰ろうと街中を走る
目的地へと向かう最中、何処からか甘い香りがしてくることに滝川は気付き
つい脚を止め辺りを見回してみる
そして人混みの中
一人の女性と眼が合った
「……この間来た男の片割れね」
「は?」
ささやかな声が聞こえたかと思えば突然に腕が引かれ
遠くあった筈のその女性が、いつの間にか見目の前に居た
「……!?」
「付いて来なさい」
目が合うや否や踵を返すと、女性は滝川の腕を掴んだまま街中を歩いて行く
一体何所へ行くのか訝しんでいると
街から少し離れた場所有った随分と古めかしい日本家屋が建っていた
「お帰りなさい。小百合さん」
中へと招かれ入ってみれば、そこには男が一人
女性の傍らへと歩み寄ると、女性の美しい黒髪へと口付けを落とす
「最近客が多いですね」
穏やかな男の声に女性は頷き
「そうね。譲、お茶を頼める?」
「解りました」
譲と呼ばれたその男は笑みを浮かべて見せると部屋の奥へ
茶の支度になる陶器の音を聞きながら、女性は改めて滝川へと向いて直る
だが何を言う事もしない相手に、滝川が慌て始めるのも直ぐの事だった
「俺に何の用?今から行かなきゃいけない処あんだけど」
「……薬でどうにかできる状態ではもうないわ。あの男を助けたいのなら取られたモノを取り戻すしかない」
「取り、返すって……」
「蝶々は今、蜘蛛の巣に捕らえられている。深い深い杜の中で」
言って終りに差しだされる女性の手。
見れば其処には一羽の蝶が停まっていて
ふわり女性の手を離れると、滝川の傍らへと寄り添い飛んでいた
「何だよ、コレ」
「……ヒトの欲が形になったモノよ。あの男が生きる事に対し強欲なら、その子が少しだけだけど蝶の代わりを果たしてくれる筈だから」
「幻影の、代わり……。これ、貸してくれるのか?」
「ええ。でも注意しなさい。それは飽く迄代用品。今まで通り動けるとは思わない事」
忠告の言葉に滝川は頷き

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