《MUMEI》
夜月実
警察は捜査のためならば、たいがいのことを知ることができる。
市民は、一応は、捜査に協力することが義務になっているが、協力を拒否したからといって公務執行妨害にはならない。
ただ、警察手帳を見せられて丁重に質問されれば、魔法にかかったように知っていることを話してしまうものだ。
夜月実は高級マンションの六階に住んでいた。
徳中はマンションの駐車場に車を入れた。
「瑠璃花チャン。運転席にいて、だれかが来たら動かして」
「わかりました」
捜査線上に突如として浮かんだ太い線。怪しい影。
夜月実。
健康ランドの男性アルバイト。仕事は主に男湯の整理整頓。そんなに高給とは思えないだけに、住んでいるマンションとのギャップは大きい。
美里は気を引き締めた。この男がクロと思ったらクロにしか見えなくなってしまう。
心をニュートラルにして、いざ六階へ。
静かな廊下を歩きながら、二人は小声で話した。
「美里さんはどう思う?」
「太い線ね」
「いきなり銃撃戦になったら頼むよ」
「アクション映画の見過ぎよ」
「ところで手錠いくつ持ってんの?」
「…一つよ」
「嘘つきだな美里は」
呼び捨てにするな、とは言われなかった。徳中にとっては意外だった。
夜月実の部屋の前に来た。徳中がチャイムを鳴らす。
「はい」
「生活安全課の徳中照実と申します。夜月さんですか?」
「はい。お待ちください」
美里は不意打ちを想定して身構えた。ドアが開く。
「何でしょう?」夜月が出た。
「すいません。実は」
徳中が警察手帳を見せると、夜月は美里を見つめた。
「そちらの可憐な女性も刑事さん?」
落ち着いている。
「ええ」美里も警察手帳を見せた。
夜月は一旦ドアを閉めてドアチェーンを外すと、二人を玄関に入れた。
「すいませんね。大きい声で警察です、なんて言うのは良くないと思いまして」
夜月は明るい笑顔で話した。
「あ、気を遣ってくれたわけですか。素晴らしい。確かに警察が訪ねて来ただけて会社首になりますからね」
言葉の端々にトゲを感じなくもない。美里は真顔で夜月を見た。話は徳中がする。
「実は、オイルマッサージ騒動の件なんですが?」
「オイルマッサージ?」
夜月のとぼけた顔。確かに影を感じる風貌。身長は180センチ前後。キン肉マンではないが、結構しっかりした体格に見える。
しかも、上下、黒装束。犯人と重なる。
美里が鋭く観察すると、視線に気づいたか夜月も美里を見る。
「刑事さん、名前は?」
「え?」
「素敵だから聞いたわけじゃないよ」
怪しい笑顔の夜月。確かに市民にも聞く権利はあるが、美里は答えずに質問した。
「オイルマッサージ騒動は覚えていますね?」
「覚えてません」
真顔で即答した。怪し過ぎる。
徳中は、祐也の写真を見せた。
「この少年をご存知ですか?」
夜月は徳中から写真を奪い、じっと見る。突然目を丸くして蒼白になり、体をわなわなと震わせた。
美里と徳中に緊張が走る。
夜月は急に無表情に戻ると、写真を返した。
「知りません」
「はっ?」美里は夜月を睨んだ。「今、写真を見て驚いていたじゃないですか?」
「驚いてなんかいません」
この男は、どういうつもりだ。

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