《MUMEI》
女の誇り
作品を見終わると、感動した面持ちで徳中が瑠璃花に言った。
「どう、興奮したでしょう?」
「やあ、興奮しますねえ」
美里はバインダーで二人の頭を叩いた。
「痛い!」二人同時に叫ぶ。
「あんたたちそれでも刑事?」美里は怒りの表情で立ち上がった。「徳中さん。その作品の作者は何て名前?」
「何で?」
「逮捕する」
「落ち着いてください先輩、子どもじゃないんですから」
「何?」美里は瑠璃花を睨んだ。
「そもそも何罪で逮捕するんだよ?」
「何罪?」
「今の法律では逮捕できないよ」
美里は仕方なくイスに戻った。
「早く法案が通らないかな」
「どんな法案?」
「児童ポルノは閲覧しただけで逮捕できるように」
「閲覧だけは厳しいでしょう!」徳中が自分のことのように慌てた。
「ホテトルは客も罪に問われるでしょ。それと同じよ」
「あ、これは関係ないよ。ミサトは137億歳だから」
「だれがミサトだあ! おまえはいちいち頷くな!」
バインダーで二人の頭を叩いて大暴れ。
「ちょっと、先輩、傷害罪って罪もありますけど!」瑠璃花が反抗した。
「そうだよ。黒帯は傷害罪だよ」
「だからバインダーで殴ってる」
「どんな理屈?」徳中は呆れ顔で言う。「そもそも表現の自由の妨害も罪は重いよ」
美里は負けずに反論する。
「こんな男目線の作品は良くないよ」
「男目線ですかねえ?」瑠璃花が言った。
「男目線でしょう。女がこんな風になるわけないじゃん」
徳中は得意分野とばかり燃えた。
「あ、もしかして美里は、好きでもない男に意地悪されたって汚らわしいだけだと?」
「当たり前じゃない」
「瑠璃花チャンも?」
「あたしは…あんなことされたら負けちゃうかも…ぎゃあ!」
バインダーが来た。
「痛過ぎ」
「情けないこと言うと許さないよ」
瑠璃花は両手で頭を押さえながら言い直した。
「嘘です。女は好きな人に抱かれて初めて感じるものです」
「よし」
美里はバインダーをデスクに置いた。
「こういう作品が性犯罪を誘発するのよね」
「それは違うよ美里」
「え?」
徳中が珍しく真顔で力説する。
「この作品見て大多数の人間はストレス解消するだけだよ。これを見て実行しようと思う変態はごく一部。逆に性犯罪のブレーキになってるかもよ」
「あんたの体験報告は聞いてないから」
「今の、今のどうかなあ? 今のどうかなあ?」
美里は違う角度から攻めた。
「そういえばヒント見つかったんでしょうねえ?」
睨む美里に、徳中は大袈裟に驚いて見せた。
「ヒントが見つかった? 何言ってんの、答え出てんじゃん」
「え?」
「ドエスアクマンはミサ…いや、天使を悪魔に変えようと思えばできたけど実はそれが目的じゃない」
「じゃあ何が目的なんですか?」瑠璃花が聞く。
「女の子の困り果てる姿や慌てふためく姿を見て楽しんだり、女の誇りを砕くのが目的な悪魔だよ」
「最悪だ」美里が怒る。
「つまり、今回の事件の犯人とドエスアクマンはそっくりってわけ」
「はっ!」
美里は夜月実の不敵な笑みと、黒装束を思い浮かべた。
「徳中さん、犯人の心情に詳しいわね。まさかあなたがドエスアクマンじゃないでしょうね?」
徳中は笑いながら怒った。
「美里、言っちゃった?」
「冗談よ」
「言っちゃった?」
「先輩、今のはどうですかねえ?」
「あんたはどっちの味方なの?」
「そういう問題じゃなくて」
夜も遅いし、徳中が言った。
「俺は、夜月実の過去を洗っとくよ」
「…頼んだわ。じゃあまた明日」

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