《MUMEI》
大ピンチ!
「いけない、いけない!」
瑠璃花は邪念を振り払うと、自分の危ない趣味のことをまじめに考えてみた。
人に裸が見られたいわけではない。ハラハラドキドキしたいだけだ。
しかしドキドキするだけなら、何もそんな危険なことをしなくても、できそうなもの。
彼女は偶然にもアニメを見て、自分の趣味の正体がわかった気がした。
裸で手足を縛られて無抵抗。相手が彼氏なら単なるライトSMプレイだ。
しかし相手が憎き邪悪な敵であれば、絶体絶命の大ピンチだ。
天使ミサトは悪魔に攻められてイカされたら悪魔にされてしまう…。そういう設定だからこそ、エクスタシーは死を意味する。
だから手足を拘束されて、敵の目の前に裸を晒すことが、大ピンチとなる。
瑠璃花は胸を押さえた。興奮している。
自分も天使ミサトのような、絶体絶命の大ピンチに身を置いてみたい。そんな危険な願望が、リスキーな趣味に走らせていた。
人に見つかったらアウトという格好だからこそ、怖いのだ。
「いけない、いけない、やめよう」
瑠璃花は自分に言い聞かせた。夜月実のような男は、夜月実だけではない。
何十人の夜月実が、獲物を探して夜の街をさまよい歩いている。
バスタオル一枚で、もしもそんな人間に見つかったら、終わりだ。
瑠璃花は変な気を起こす前に寝ようと思った。パジャマを脱いで真っ裸になると、ベッドに潜り込んだ。
裸になったのがいけなかった。布団に直接抱かれて気持ちいい。
「ん…」
エキサイトして眠れない。瑠璃花は起きると、バスタオルを巻いた。
「ふう…」
彼女は120円を握ると玄関でサンダルを履き、慎重に人がいないかを確かめてから、外に出た。
この前は早朝だったから、新聞配達のお兄さんにギリギリ見られてしまったかもしれない。
今は深夜。人も歩いていないだろう。喉も乾いた。炭酸飲料が飲みたい気分。冷蔵庫には緑茶しか入っていない。
瑠璃花はそれを強引に口実にすると、アパートの前の自動販売機まで歩いた。
「……」
100メートル先の角にも自動販売機がある。結構遠い。瑠璃花はスリルを求めて、遠いほうの販売機まで歩いた。
この距離だと走っても間に合わない。ハラハラドキドキが激しくなっていった。
瑠璃花は120円を入れた。バスタオル一枚。自分の大胆さを誉めたくなる。冷たい空気を体に受けるように両手を上げた。
「あああ、快感!」
車のライト。
「ヤバ…」
アパート側から来た。まずい。瑠璃花は角を曲がると、家の塀にぴったり背中をつけた。
車が通り過ぎずにこっちに曲がって来たらアウトだ。
運を天に任せて待ったが、何と車は自動販売機の前で止まった。
(嘘でしょ?)
「あんま種類ねえな。あっラッキー!」
「どうした?」
「だれかお釣り忘れてったみたい」
「じゃあゴチしろよ」
「あめーよ」
若い男二人。瑠璃花は心臓が止まりそうなほどドキドキしていた。
男二人はその場で飲みながら話し始めた。
(早く行ってよう)
泣きたい気持ちだった。自業自得は百も承知。でも助けて欲しかった。
そのとき、瑠璃花の体を照らす感じで車のライトを向けられた。
挟み撃ちにされた。どこにも逃げようがない。瑠璃花は震えた。
大ピンチだ。

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