《MUMEI》
ピンチはピンチ!
ピンチはチャンスという言葉があるが、瑠璃花の状況は、ピンチはピンチだ。もはや万事休すか……と思われたが、走って来た車はゆっくり止まり、車庫入れを始めた。
命拾いした。しかし男二人はまだ喋っている。
「どっかにイイ女いねえかな?」
「やりてい」
「押し倒したい」
「犯したい」
瑠璃花は息を潜めた。この二人だけには発見されたくなかった。
「バッコンバッコン。突いて突いて」
「声デケーよ」
瑠璃花は膝が震えた。初めて味わう乙女の危機。彼女は心で泣きながら天に祈った。
(もう二度とこういうことはしませんから、今回だけは助けてください。お願いします!)
車の音。
「やべ、車来た」
二人は急いで車に乗り込むと、走って行った。後続の車。こっちに曲がって来たらアウトだ。
緊張の一瞬。車は真っすぐ走り去った。
「はあ…」
安堵するのはまだ早い。すぐに戻らなければ。
瑠璃花はアパートまで走り、何とか部屋に飛び込んだ。
戸締まりをすると、ベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。
「天にはまだ見放されてなかった…」
まだドキドキしている。当分おさまりそうもない。
興奮しているときは正常な判断力が鈍っている。正気に戻ると、自分の行動が恐ろしくなる。
徐々に落ち着きを取り戻すと、瑠璃花は仰向けになった。
自分をドキドキさせてくれる彼氏ができたら、この悩みは解決するだろうか。
徳中照実のハンサムな顔が浮かんだ。優しいし明るいし面白い。何より自分を誉めてくれる。
しかし、すぐに美里の顔も浮かぶ。二人はお似合いのカップルのような気がする。気づいていないのは当人同士だけか。
瑠璃花は「あ〜あ」と溜め息混じりに声を出すと、横になった。
哀しみが止まらない状態にはなりたくない。

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