《MUMEI》

捜査会議室の小部屋で、美里は一人、考えていた。
夜月実が犯人だと思うが、まだ証拠不十分だ。ドエスアクマンのDVDが家にあるだけでは、決定的な証拠にはならない。
そこへ瑠璃花が入ってきた。
「先輩」
「ん?」
「あたしが囮になりましょうか?」
「おとり?」美里は驚いた。
「現行犯なら、令状がなくても逮捕できますよ」
瑠璃花もイスにすわる。美里は渋い顔で反対した。
「ダメよ。囮なんか。あなたにそんな危険なことはさせられない」
「危険ですかね?」
「犯人は危険人物よ」
「でも、もし失敗しても、レイプはされません」
「瑠璃花。今までバスタオル一枚だったのに、美沙子さんは下着姿だった。多少変化してきている。美沙子さんが本命だったのかもしれない。今度は本当にやるかもしれないでしょ」
瑠璃花は、自分を大切に思ってくれる美里に感動しながらも、何か役に立ちたい気持ちのほうが強かった。
「あたし、顔を見られていないし、たぶん警察官には見えないと思うんです」
「あたしは警察官にしか見えないって言いたいの?」美里が笑う。
「天使にも見えますよ」
「殺す!」
ベッドロック!
「違う違うあの天使じゃなくてえ!」
離してくれた。
「瑠璃花。顔見られてないって、夜月実が犯人と断定してるの?」
「あっ…」瑠璃花は口を開けたまま美里を見た。
「まあ、現段階ではほかに考えられないけど」
美里は、瑠璃花の背中を優しく触った。
「あなたにもしものことがあったら絶対困る。囮はやめなさいね」
「先輩…」


瑠璃花は、ますます美里のために大金星を上げたくなった。
一人でもできる。彼女は意を決した。自分は二人のアシスタントでも足手まといでもない。
夜月実を挑発すれば、必ず乗って来る。そこを現行犯逮捕だ。
瑠璃花は燃えた。危ない橋だが、危険は嫌いではないのだ。趣味が生きるときが来たか。
ある意味、美里にはできないこと。自分にしかできないことだと思った。
美里には隙がない。隙を見せて挑発というタイプではない。絶対にない。
瑠璃花は夜月実を挑発する自信があった。作戦も考えていた。
しくじれば絶体絶命の大ピンチに追いやられる。
瑠璃花は胸騒ぎがした。失敗して夜月実の手に落ちてしまう自分を妄想し、しかもそれを期待する邪な心が蠢いた。
「いけない、いけない、最低最悪だあたし…」
瑠璃花は悪魔の囁きを断ち切った。

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