《MUMEI》
屈辱の回想
事件も解決し、美里と徳中と瑠璃花は、居酒屋へ飲みに行った。
美里は打って変わって徳中を誉める。
「今回は、徳中さんの推理が、事件を解決したと言っても過言ではないわね」
「何言ってるんだよ。美里チャンが体張ってくれたから、犯人を逮捕できたんだ」
「体張ったのはあたしじゃなくて瑠璃花よ」
瑠璃花はかしこまった。
「すいません」
「囮捜査は禁断の技だよ」徳中が言った。「ダメだよ、二度とやっちゃ」
「はい。深く反省してます。あたしが監禁されなければ、先輩も監禁されずに済んだし」
「いいよそれはもう」美里は瑠璃花の腕を優しく触った。
「でも先輩も、よく無事でしたね?」
「そりゃあ、ツッパるだけじゃやられちゃうから、強気に出たり、友好的に会話したり。とにかく相手をあまり刺激しないことよ」
「わかります、わかります」瑠璃花は調子に乗った。「あたしも監禁されて危機一髪でしたけど、しおらしくしたのが良かった…アイタ」
美里に頭を叩かれた。
「良くない」
美里は徳中にビールを注いだ。
「サンキュー」
「でも、犯人にマスクを取りなさいって言ったときは緊張の一瞬だった」美里が笑う。「もしも徳中さんだったらどうしようかと思った、ハハハ」
徳中はショックな顔に変わった。
「今の、今のどうかなあ? 今のどうかなあ?」
「冗談よ」
「先輩、ひどいですねえ」瑠璃花も美里を睨む。
徳中はビールを飲みほすと言った。
「とにかく、美里が人質に取られたら手出せなくなるから、一瞬夜月が驚くことをしたかった」
「あ、それでマスクかぶってたの?」
「美里は何だと思ってたの?」
「自前かと」
「屋上で拾ったんだよ!」
「冗談よ」
三人は、結構飲んでしまった。弱い瑠璃花はかなり酔っ払った。
解散して皆タクシーで家に帰ったが、美里は電車に乗った。寄るところがあるからだ。
美里は席に着くと、ぼんやりと窓外を眺めた。
「……」
皆の前では明るく振る舞っていたが、それは心配をかけたくなかったからだ。
本当は、胸に刻印された屈辱は、深く残っていた。
忘れたい。忘れられない。消したい。消えない。
女が両手両足を拘束されたら、やはり逆らえない。裸にされたらどうしよう。変なことをされたらどうしよう。
そう思えば弱気になる。縛ったほうは強気に出る。優位に立つ。
無抵抗だから、卑怯なことをされても、なすがままだ。
裸を見られる恥ずかしさは、男には一生わからない。しかしもっと悔しいのは、体を奪われてしまうこと。最悪の事態は何とか避けられた……。
美里の独白は続いた。
でも、まさか、最悪の男に愛撫されて、落とされてしまうとは、夢にも思わなかった。敵を憎む気持ちが強ければ、そんなことになるはずがない。そう思っていたが、体は言うことを聞いてくれなかった……。
美里は胸に手を当てた。心で反発しているのに、体が反応してしまうのは、たまらなく悔しいし、情けない。
情けないけど、どうしようもない。
いや、肉体だけではない。哀願は、心の屈服を意味するか?
あのまま攻め続けられたら、本当に溺れてしまいそうだったから、哀願するしかなかった。
でも、もっと邪悪な男であれば、哀願しても容赦しない。面白がって、とことん恥辱の底無し沼を泳がされたか……。
夜月実はまだ、容赦してくれたほうか。ではなぜ、顔が骨折するほど蹴ったのか。
陥落してしまった自分に対しての怒りだとしたら、夜月もとんだとばっちりだ。
美里は電車を降りた。
事件は解決したが、捜査中にわかってしまったもう一つの問題は、まだ解決していない。
それを解決しなければならない。
酔いはもう醒めていた。美里は厳しい表情で目的地へと向かった。

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