《MUMEI》

「ここは工事が中断して放置された現場だ。誰かに見つかる可能性が低い」
織田は向こうを見たまま答える。
「そうなのか。どうりで……。じゃあ、ここにあれも置いていくか」
「ああ。車ごと置いていこう。ここからならあの公民館まで歩いていける距離だ」
織田は言ってこちらを振り向いた。
その顔はすでにいつもの無表情に戻っていた。
「夜はどうすんだよ。俺は野宿は嫌だぞ」
ようやく落ち着いたのだろう、ケンイチが会話に参加してきた。
「適当にネカフェにでも泊まればいいだろ」
「でも入るのに会員カードとかいるだろ」
「あいつの財布に入ってないか?」
ユウゴの言葉にケンイチは思い出したように車へ目を向けた。
「財布、置いてきた」
「取りに行け」
「えー。またあれ開けるのかよ」
「おまえが忘れたんだろ。とっとと行け。息止めとけば大丈夫だ。きっと」
「……わかったよ」
ケンイチは嫌そうな顔をしながら車に戻っていった。
ユウゴはできるだけ車の方から顔をそむけて織田の横に立った。
「明日だな」
「ああ」
織田は頷く。
ユウゴは地面に転がっている錆びついた棒を見つめた。
後ろの方からケンイチの悲鳴のような怒鳴り声が聞こえる。
ユウゴは棒を足で軽く蹴りながら口を開いた。
「なあ、織田」
「なんだ」
「……俺は明日から逃げるのをやめる」
織田がこちらを向いたのが気配でわかった。

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