《MUMEI》

細い糸が複雑に絡み合い、そこに巣を成す
その中央に糸に絡め取られもがく何かが見えた
「望、あれ!」
滝川もその事に気付き、指を差せば
その先には久方ぶりの幻影の姿
糸から逃れようとしているのか懸命に羽根を動かし、もがく
解放してやろうと、滝川が糸へと手を伸ばし、触れた矢先
その糸は滝川の全身を捕え、身体を拘束していた
「……幻影は、渡さない。これさえあれば、私達は雨に脅かされることもないのだから」
糸に絡め取られ、身動きがとれなくなってしまった滝川
伸ばした手は幻影に触れる事が出来る寸前
届きそうで届かない僅かすぎる距離がひどくもどかしく感じる
「奏!」
「……駄目。貴方も、そこで大人しくしていて」
滝川の傍らへと向かおうとした深沢へも同じ様に糸が伸び
手足を戒められ、やはり動く事が出来なくなってしまった
「そう、ソレでいいの。これで、私の望みが叶うのだから」
動く事が全く出来ないままの深沢達へと更に笑みを浮かべる
何故、いつもこうなってしまうのか
唯平穏な生活をと、それだけを望んでいるのに
そんなささやかな願いすら叶えられない事に腹ばかりが立ってしまう
「……返せ、よ。幻影返せ!!お前の望みなんて知るか。ソイツは、幻影は望の――」
無理だと解っていながらも手を伸ばす滝川
強く糸を引けば僅かに緩み、漸くその指先が幻影に触れた
その直後
滝川に付き従っていた二羽の蝶々達が幻影の傍らへ
周りを何度も飛び、そして互いの羽根を重ね合わせていた
まるで身体を重ね合わせるかの様に
その様は色濃く、艶めかしく見える
大丈夫、ずっとそばに居るから。だからどうか穏やかな生を
蝶々から聞こえてきた様な気がしたその声を聞き
幻影の羽根がピクリ動く事をしていた
「幻影!」
その羽根へと手を触れさせてやれば、瞬間に糸が解けて
全てが千切れ、解放されていた
落ちてくる幻影を掌で受け止めた滝川はそのまま深沢の元へ
差しだしてやり、だが幻影はどうしてか深沢の傍へ行こうとはしない
「何、で?幻影、どうしたんだよ?」
掌に乗ったままの幻影に首を傾げる滝川
だが矢張り幻影はそのままで
何故、と訝しめば
「無駄です。その方は既に巣を失っている。例え私から取り戻したとしてももう……」
蜘蛛の嘲るような声が聞こえ
それがひどく耳に障った
「お前……」
蜘蛛を睨みつけ、何かを言い掛けた滝川の前へ
蝶々がふわり飛んで降りてきた
その蝶は何かを訴える様に忙しなく羽ばたいて
そして深沢の元へと飛んで向かい、青白く冷めた唇へと停まる
触れた途端、その姿は霧のように飛散し、そして深沢へと重なった
完全に蝶が姿を消すと同時に
それまで動こうとしなかった幻影が動く事を始める
ゆるり飛んで深沢の元へ
「ど、どういう事なの……?だって、この男の巣はもう当に腐って……」
自身の元を離れ、深沢の元へと戻っていく幻影を見
蜘蛛は落胆に膝を崩す
雨に降られ、すっかりぬかるんでしまった土は
当然の様に蜘蛛を汚していった
「……どうして?私は手に入れた筈。これで、全てが救われる筈だったのに」
「テメェの言う(救い)ってのは一体何なんだ?」
泣き、そして喚くばかりの蜘蛛へ
深沢からの問い
視線が正面から重なり、蜘蛛の手が深沢の胸座を掴み上げる
「……私、は雨に降られても死なない蝶を取り戻したかった。それだけよ」
「前言ってた事と随分と矛盾してんな。テメェは死にてぇのか生きてぇのか、どっちだ?」
溜息混じり、呆れ声でまた問うてやれば
だがすぐには返答はなかった
深沢を掴んでいた手を力なく離すと、緩く首を横へと振り始める
「わ、解らない。私は、永遠を、求めていた筈。雨に降られても死ぬ事のない完璧な蝶々を。それなのに……」
自分自身、今何を成そうとしているのかが分からなくなり
唯々頭を抱えるばかりの蜘蛛
戸惑う様な呻き声は、その内に甲高い悲鳴へと変わっていった
「……私は、何をしようとしていたの?何を求めて……。解ら、ない。解らない!」
何度も、何度も
髪を振り乱し狂っていくばかりの蜘蛛は、深沢の服の裾を縋る様にまた掴む
「……いらない。いらないわ。何も望むものがない私なんて。いらないのよ……!」

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