《MUMEI》 4「望、こんなトコで寝てると風邪ひく」 長すぎると感じた壱日も終わり、漸くの帰宅 自宅へと入るなりソファへと倒れ込んだままの深沢へ その身体を揺さぶりながら、滝川は寝るならベッドへと促してやる だがすっかり寝入ってしまっているのか何の反応もなく 穏やかな寝息が聞こえてくる まるで子供の様なおの寝顔に、滝川は安堵に肩を撫で下ろしていた 「大丈夫。ちゃんと、全部此処にあるから」 部屋の中を好き勝手に飛びまわる幻影、それを追いかける陽炎 二羽が戯れる様を眺めながら、深沢の頬へと手を触れさせていた 今この瞬間に、深沢が傍にいる事を確かめたかったから 何度も触れて、何度も確かめて そして浅く呼吸を繰り返す唇へ、滝川は自身のソレを重ね合わせた 深く、貪るように口付ける最中、滝川の頬へ突然涙が伝い始める もし、あのまま深沢に幻影が戻って来なかったなら一体どうなっていただろう、と 最悪な事を考え、その恐怖に身が震えた 不安と、心細さと 以前の滝川ならそんなモノになど囚われる事はなかった だが深沢と出会い、滝川は知ってしまった 誰かが傍らにある事の、安堵を 一度手にしてしまえば、もう二度と手放す事など出来るわけがない 深沢から与えられるその全てが心地良すぎるから 「……望、雨降ってる。俺、恐い……」 屋根を打ちつける雨音を一人聞く事が堪らなく怖く感じる 未だ眠る深沢の腹を跨ぎ上へと乗り上げると、また交わす口付け 深く求め、彼の呼吸すら飲み込んでいた 「の、ぞむ……」 長すぎるソレに滝川自身息苦しさを感じ唇を離せば だが不意に、後頭部へと伸びてきた手にソレは遮られていた 「のぞ……」 「今回は、テメェに助けられたな。奏」 抱きよせてやれば倒れ込んでくる滝川の身体 すっかり慣れてしまったその重みを全て受け止め抱き締めて 耳元で笑みを含ませた声を呟いてやる 「……ありがとな」 程良く低く、聞くに心地のいい深沢の声が滝川の鼓膜に響いた その声を好いている滝川が、泣きながら首を横へ振り 抱きしめてくれと強請る 「どうした?」 「別に……」 「別にって感じじゃねぇな。その面は」 言ってみろ、とその続きを促してやれば返事代りに滝川からのキス 何かを求める様なそれに、深沢はゆるり身を起こし 滝川を膝の上へと座らせると、またその身体を抱く 暫くそのまま、そして滝川の肩が揺れ始めた 「奏?」 一体どうしたのか 何かを深沢の肩越しに見ていたらしいその視線を追ってみれば其処には 空になったシガレットケース 泣きだしてしまった理由を何となく理解したらしい深沢は、微かに肩を揺らすと滝川の背を宥める様に叩き始める 「テメェが気にする事じゃねぇだろ」 「でも……!」 言い返そうとした滝川の頭を深沢は抱き込んで そうされれば深沢の胸元へ耳が重なり心臓の音が聞こえてくる 「……大丈夫だ。俺は、何も無くしてない」 その心臓の音の後ろ 微かに、羽根の羽ばたく様な音を滝川は聞いた気がして 深沢の顔を見やった 「これ……。この音……」 驚いた様な滝川へ、深沢は微笑んで見せる その微かな音は、二羽の蝶が羽根を羽ばたかせる音 それはあの二羽の、深沢の大切な二人のモノだった 「……良かったぁ。本当に……」 安堵し、深沢へと益々身を凭れさせる滝川 涙すら眼尻に浮かべる滝川へ 深沢はその唇に触れるだけの浅いキスを一つ 「……もう、二度と手放すなよ。絶対に……!」 「わかってる」 抱き返してやり、滝川の耳元で囁いてやる 滝川の肩越し、まどの外に見える雨の彩りを眺めながら 取り敢えず今は何に怯えることも忘れ 互いの存在を確かめ合ったのだった…… 前へ |
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