《MUMEI》 普段は市井を歩いても、誰からも話しかけられることのない遮那王。そもそも遮那王が市井を歩き回る理由は、鞍馬寺で僧達との生活が息苦しくて、気晴らしに抜け出しているだけだ。だから、ここでは誰とも話そうとはしないし、格好が格好なので話しかけられることも殆どない。あったとしても、乞食に絡まれるくらいだ。 そんな毎日のためか、遮那王は彼女からただならぬ感覚が伝わって来た。だが、あの寒気をこれだけで説明するのには物足りない。とりあえず、遮那王は弱気にならないように、胸を張って彼女と対峙した。 「『不安がるな』と言われても、私は貴方のような嬌顔の女性に話しかけたこともないし、話しかけられたこともないのだ。やはり不安を抱いてしまう」 実のところ、五感で感じ取れない何かが女に警戒しているのだが、こう言った方が無難だろう。 「うふふ。『嬌顔』だなんて嬉しいことを言ってくださるんですね。それと、そんなに心配なさらなくても大丈夫ですよ。私は貴方に、訊きたいことがあるだけなんですから」 「訊きたいこと?」 「そうです。鞍馬寺までの道のりを教えていただけませんか? 理円という僧に管弦講を頼まれているのですよ。しかし、どのようにして行けば良いのか、まったく分からないもんでして……」 彼女は眉間に皺を寄せ、むうと唸って唇に人差し指を添えた。「なんだ、そんなことか」と、遮那王は内心で胸を撫で下ろした。先程よりも心が落ち着いたのだろう。 「では、ここから向こうへ真っ直ぐと歩き、あの際立って聳える山を登るといい。あれが鞍馬山だ。行けば分かると思うが、麓には石段がある。そこを登ればすぐに鞍馬寺まで辿り着けるはずだ」 遮那王は自分の後ろにある山を指差して、彼女に伝えた。それを見た女は「ほほぉ」と無意識に声を漏らす。 「では、そこに理円様はいるのですね?」 「そうだ。まぁ、理円殿は奇人ということで名高いから、せいぜい気をつけておくんだな」 「うふふ。心に留めておきます。それでは、これで私は失礼させてもらいますね。どうも、ありがとうございました」 前へ |次へ |
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