《MUMEI》

 [お嬢様募集]
そんなふざけた張り紙を近所で偶然に見つけた
「何これ……」
その意味不明さに、偶然ソコに通りかかった井上 紗弥は当然訝しげな表情を浮かべる
見れば其処は近所で噂になる程の大豪邸の前
その表向きの豪華さに暫く見入っていると
不意に、その門扉が開いた
「今日和。可愛らしいお嬢さん」
現れたのは、一人の女性
井上を見るなり穏やかな笑みを浮かべ
「アナタに、しようかしら」
意味不明な言葉を女性は一人言に呟くと
徐に、女性が井上の手を取っていた
「な、何!?」
突然の引かれ、井上の身体は傾き
そして女性の腕の中へと抱かれる
「あ、あの……!」
何事か、井上が慌てて問う事をしようと試みた、
その直後
「……他人を巻き込むのは止めて下さい。奥方」
門扉がまた開き、そこから一人の男が現れる
漆黒の執事服に身を包んだその人物は、料理でもしていたのかエプロンを身に付けていて
濡れた手を裾で拭いながら井上の方を見やる
「似ているでしょう。あの子に」
女性の笑みを含んだ声に返る言葉は無く
徐に井上の腕を掴むと出口の方へと引き摺るように連れて行く
「待ちなさい。清正」
途中、女性からの声
男はその声に一応は脚を止め
何用かと振りかえった
「……許されたければ、その娘さんを立派な(お嬢様)にしてごらんなさい」
「……どういう意味です?」
突然なその言葉に男が訝しげな顔で
だが女性は笑みを絶やす事無く
「言葉通り。私はこの子を(お嬢様)として我が家に雇う事にしただけ」
さも当然の様に言ってのける
「正気ですか?奥方」
「勿論本気よ」
当然だと言わんばかりに向けられた満面の笑み
そんな二人のやり取りを訳が分からないまま眺めているしか出来ないでいる井上
その手を、その男が唐突に取っていた
「……な、何!?」
最早口を突いて出るのはこの言葉ばかりで
だが返る声はなく、井上の手を引いたまま男は屋敷の離れへ
連れてこられたのは、応接室の様な場所だった
「……悪かったな。巻き込んで」
井上を其処にあったソファへと座らせて、茶を出してやりながら
改めて男が詫びに頭を下げてくる
出された茶を井上は取り敢えず飲みながら
「別にいいけど。一体、何があった訳?取り敢えず、何となくこの家が普通じゃないって事は私でも解るんだけど……」
説明を求めていた
男は言いにくそうに口籠り、だがすぐに話す事を始めていた
「……ここのお嬢様が家でした。それだけの話だ」
「は?家出?」
思わぬ理由につい聞き返せば
男は更に小難しげな顔をしながら
「そう、家出だ。しかも、その理由が俺なんだそうだ」
「何それ。アンタ、一体何したの?」
更に理由を掘り下げて問う井上に
男はやはりすぐ説明する事はせず、暫く間をおいて話す事を始める
「そのお嬢様からの素敵な愛の告白をふってやったら見事このザマだ」
「うわ……。最低」
「仕方ねぇだろ。相手は一応は主人の娘子。手なんかだせるか」
一応は常識的な考えを持っている様で
理由・原因共に何となくだが納得した井上は
「……仕方、ないか。お嬢様、やってあげる」
溜息とともに笑みを浮かべ承諾していた
ソレが意外な返答だったのか
男は驚いた様な表情をしてみせる
「お前、正気か?」
「だって、居ないと困るんでしょ?だから、本物のお嬢様が帰ってくるまでなら……」
頑張ってみるから、と笑う井上
随分と前向き志向な彼女に
男は微かに肩を揺らしていた
「……なら俺も真面目に働いてみるとするか。宜しく頼むな」
「よろしく。……えっと、清正?」
不確かに男の名前を呼んでみる井上
ソコで男は、今だ自身が名乗っていなかった事に漸く気付く
「藤田 清正だ。改めて、宜しく。お嬢様」
その笑みが井上へと向けられ
世にも珍しい(お嬢様契約)が成立したのだった……

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