《MUMEI》
オフ8
ウェルカが、天宮にこき使われたり甘やかされたりと、充実した休日を送っている間。
リアシッラは悶々としていた。

「アマミヤは男だった」
書類満載のデスクに頬杖をつき、万年筆を玩びながら、ミンク相手にぶつぶつ。

「そうでしたか。西の国の言葉で、天の宮と書くそうですわ」

「仰々しい」

「素敵じゃありませんか。ひとつひとつの文字に意味があるそうです」

「ふぅん」

不機嫌な自覚があった。
原因はウェルカの不在だ。
ただ、その理由がわからない。

ウェルカは部下だ。
秘書室付の専属護衛という特殊な役であろうと、出会って間もないわりに話しやすかろうと、部下であることに変わりはない。

昼前に、リアシッラは執務の処理速度があまりにも落ちていることに気付き、コートを羽織り、本社を出た。

向かった先は、東区の端っこ位置する質素なパン屋。

黒のロングコートをさらりと着こなす、見るからに育ちの良いリアシッラとは、かなりのアンバランス。そんなことは気にもとめず、今時手動のガラス戸を押し開いた。

「おぉリアシッラ」

陳列棚の奥でぼんやりしていた短髪の青年が、身を乗りだして出迎えた。
このパン屋の主人とは、幼い頃からの友人である。

「元気だった?」
「まぁぼちぼち?」

滅多に活用されない、イートインスペースの椅子を引く。

「何だぁいきなり」
好奇心丸出し。

「なに、悩みごと?」
「そんなもん」

「まじで?きっぱりすっぱり、天下のリアシッラ様が?そりゃぜひ聞きてぇな」

酒でも出すかと主人。
それじゃ相談にならないと引き止めようとして、リアシッラは硬直した。

「…何これ?」

「ん?」

テーブルに放置されていた大きい紙っぺらを丁寧に広げ、食い入るように見つめた。
主人が覗き込む。

「あぁ。なんだかんだ言ってうちも東区商店街の一員だからさ。貼ってくれって届くのよ。なんだっけそれ、化粧品?」

たしかに化粧品の広告。だが、商品を差し置いてでかでかと載っているのは、紛れも無く、

「…ウェルカ」

リアシッラの、ここ数日に渡るもやもやのタネである。

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