《MUMEI》

「辛……」
一口食べ、その辛さに本城が口元を押さえれば
シャオがどうしたのかと顔を覗き込んでくる
「辛いの、苦手?」
「そんな事ないよ」
「でも……」
そのまま手を伸ばしてくると、本城の頬へと触れ
眼尻に溜まっていたらしい涙をその指が攫って行った
「大丈夫?」
その実辛い物が極端に不得手な本城
口元を手で押さえ何も言えないでいる本城へ
シャオはお冷を差し出していた
取り敢えずその行為には甘え、自身のお冷とそれを一気に飲み干す
辛さも何とか収まり一息ついて
本城は何となしに自身の向かいで嬉しそうに食事する彼女を眺め見た
捕らえるべき標的
そうである筈なのに何故、と自身を笑い
そしてらしくない事をしている、と更に笑う声を洩らしながらシャオの頬へと手を伸ばしていた
「基?」
「ご飯粒、ついてる。お子様だね」
取った米粒を食べて見せながら笑ってやれば
シャオは顔面真っ赤で俯いてしまう
漸く笑ってくれたと思えばすぐに俯いて
表情豊かなシャオが、本城は何故か羨ましかった
「本当、どうかしてるよ」
肩を揺らし、本城は残りの食事を全て平らげると
シャオが食べ終わるのを待ち、そして勘定をすませ店を後に
「何所、行くの?」
人混みの中、何所に行くとも告げず歩く本城
早い歩調に何とかついて行きながらシャオが問えば
「……さて、どうしようか」
さりげなく歩きを緩めてやりながら
返してやったのは随分と不明瞭な答えで
本城は暫く考えこみ、そして
「他に行くアテがあるワケでもないし。とりあえず戻るとしようか」
「戻るって、マフィアのアジトに?」
「そうだけど。……ひょっとして、僕が恐くなった?」
「そんなこと、ない」
「そう。なら良かった」
「でも」ここで態々言葉を区切り、何故か不安げな顔をするシャオへ
どうしたのかを問うてやる
「基、怒られる」
「は?」
一体何を言い出すのか
訝しむ本城へ、シャオは益々表情を重くしていた
「……基の仕事、シャオをあの人の処へ連れていく事。でも基、それしてない」
「なんだ。そんな事か」
思わぬ理由に本城は肩を揺らす
そしてシャオの髪へと指を絡ませてやりながらゆるり話す事を始める
「……別に僕にはあのファミリーに絶対服従って訳じゃない。確かに雇われてはいたけどそれは一時的なものだよ」
「そう、なの?」
「そう。僕の仕事は飽く迄君をあのビルから(攫って)来る事だけ。その後どうしようが僕の勝手」
「そんなものなの?」
「まぁ、君をさらった裏切り者って事で殺されるかもしれないけどね」
努めて素気なく言えば、不意に服の裾が引かれて
そちらへと向こうとすれば、背にシャオの額が触れてきた
「なら基。戻らなくていい。戻らなくていいから。シャオと、逃げて」
背に感じられるソレは微かに震えていて
本城は漸く踵を返すとシャオの手を取ってやり、そして
「だったら、君が僕を雇ってくれる?」
「え?」
「どうせあのファミリーとは縁が切れる。とすると僕は無職だ。責任とって僕を雇いなよ」
その甲へといたずらな口付けを送る
顔を朱にそめ、俯きながらもシャオは頷く事をしていた
交渉成立
本城は満足げな笑みを口元に浮かべながら
「なら取り敢えずは服を用意しないとね」
徐な提案
一体それはどうしてなのかと、シャオが首を傾げれば
「今の格好じゃすぐに見つかる。少しなり身なりは変えた方がいいと思うけど?」
そうは思わないか、と逆に本城が問うてやれば、納得したのかまた頷いて
そして突然に本城の腕を取ると走り出す
「基、ここ」
ピタリ脚を止め。徐に指差して見せた先には
随分と古めかしい外観の衣料品店
シャオに手を取られたまま、本城は店の中へ
「やっぱりキミ、チャイナ好きなんだ」店内に並ぶそれはやはりチャイニーズなソレで
服を一着ずつ眺めていれば
「これなど、お勧めですよ」
突然に現れた店主らしき人物が一着の服を勧めてきた
店主は干物の様な老婆
ソレが予告もなしに現れ、シャオが当然に驚く声を上げる
「シャオ、大丈夫だよ。一応は人間だ」
本城の後ろへと隠れてしまったシャオを宥めてやりながら
老婆の勧めてきた服を手に取ってみた
濃紺の布地に牡丹の刺繍が施された一着

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