《MUMEI》
自宅
「お帰りなさい」


 今にも取れてしまいそうなドアを開けると、横になっていたクズハが体を起こし、笑顔で出迎えてくれた。

 家と呼ぶにはあまりにお粗末な廃墟。昔は何かの倉庫として使われていたのだろうが、今では錆びた鉄扉に腐敗した木製の棚があるだけの小さな廃墟。雨風は凌げるが、雨漏りはする。狭いので、三人が眠るためにはみんな丸くならなければならない。

 しかし、ここもそんなに不快な住居ではない。なんだかんだ言って、安心するのだ。壁は鉄製であるし、座っていれば、そこまで窮屈だとも感じない。狭い場所は、安心する。背中に壁があれば、背後から攻撃を受ける心配は無いのだから。


「猫!」


 クズハはその姿を見とめると、その表情を輝かせ、喜びのあまりに両手を胸の前に組んだ。

 自分とシオンは家の中に入り、ドアをしっかりと閉めてから、茶色の猫を座っているクズハに抱かせた。どうか、逃げないでくれと、心の中で祈りながら。

 祈りが通じたのか、猫はクズハの膝の上で大人しく座ってくれた。そえを見るとクズハは嬉しそうに目を細める。ゆっくりと右手で猫の頭を撫でると、やはり気持ちよさそうな反応を返してくれていた。不思議なくらいに、人懐っこい猫だ。


「今日はパンだ」


 シオンが紙袋からぱさぱさになってしまったスライスされたパンを取り出しながらそう言ってクズハへ渡す。クズハはニコニコしながらそのパンを受け取り、「いただきます」と手を合わせてからかじる。決して美味しそうではないが、他に食べられるものを持っていないのだからしかたがない。自分もシオンからパンを受け取って食べる。シオンも食べる。

 まずい。

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