《MUMEI》
茶猫
 目を覚ました。


「どうした?」


 シオンがクズハに問い掛けている。どうやらクズハがシオンを起こしたみたいだ。まだ辺りは暗く、小さな窓から入る月の明かりだけを頼りにクズハの方へ顔を向けてみる。


「トイレ……」


 クズハは申し訳なさそうな、又は眠たそうな声でシオンに答える。クズハはずっと家の中で生活していたため、筋力が衰えてしまい、一人では歩行する事も困難なのだ。


「いい子だね」


 シオンはそう言ってクズハの体を支えるようにして立たせる。クズハはシオンを起こす事が出来ずに、何度も夜中に漏らしてしまった事があるのだ。それから、クズハがシオンを起こせた時は、シオンが「いい子だね」と言うようになった。

 自分も体を起こしてドアを開ける。その時だ。開いたドアからあの茶色猫が飛び出した。


「あ」


 条件反射的にクズハが手を伸ばそうとして前のめりになって転んでしまう。俺はそのクズハの横を通り抜けて外に飛び出した。


「任せて」


 それだけ言って猫を追いはじめた。

 夜目は利く方であるが、今日が満月で良かった。少しでも明るい方が猫を追い掛けやすい。クズハに悲しい思いをさせたくない一心で夜の森を駆け抜ける。あの子は体が人より弱いせいで辛い思いを続けてきた。もう、そんな思いはさせたくない。だから自分は猫を追い掛ける。

 猫を見失わずに追えたのには理由がある。自分が離れてしまうと猫は少し離れた場所で待って居てくれるのだ。そして自分が近づくとまた逃げ出してしまう。

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