《MUMEI》
少女
 それは、クジラであった。湖にクジラが居たのだ。あまりに信じられない光景に開いてしまった口が塞がらない。呆気に取られるとは、まさにこの事だろう。

 クジラは背中から潮を吹く。やはりそれは月光に照らされてとても美しいのだが、恐怖はどうしたって拭いされない。有り得ない事が起きているのだから当然と言えば当然だ。しかし、なぜクジラがこんなところに居るのだろうか。海じゃなくても、生きて行けるものなのだろうか。

 声が、出なかった。

 不意にクジラが尾をばたつかせて水しぶきを撒き散らしてきた。それはこちらにも飛んで来て、自分は思わず両腕で顔を覆ってガードする。瞳を閉じて全身に水を浴びた。少しして水が来なくなってから恐る恐る目を開いてみると、なんと、あれだけ大きかったクジラが跡形もなく消えてしまっている。意味がわからず目を懲らしたが、湖の中にもそれらしい影は見当たらなかった。


「あの」
「わあ!」


 不意に後方から声をかけられ、思わずパニックに陥ってしまい、気が付いたら自分は湖の中に落ちていた。なんとか岸に手をかけると、そこには女の子がしゃがみ込んで申し訳なさそうにこちらを見ている。

 綺麗な長い髪は海を思わせる透き通った水色。肌はさながら真珠を思わせる程に白く、瞳はアーモンドのように丸くくりくりしていて愛嬌がある。細身の身体に白い大きなサイズのワンピーススカート。声は、柔らかい雰囲気の丸い音。人間の心理的に、自分の鼓動が早まるのを感じた。こんな女の子に出会った事など、生まれて一度もない。というよりも、女の子に声をかけられた事すらない。

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