《MUMEI》
疎外
「驚かせてすみません」


 女の子は申し訳なさそうにその瞳を伏せて謝ってくれる。その悲しげな瞳は本当に他人の憂いを心から悲しんでいるみたいで、偽りの無い純粋なものに思えた。言葉ばかりのいい加減なものではない。

 女の子はその言葉と共に右手を差し延べてくれる。自分はその手を握り返し、お礼を述べてから女の子の力を借りて岸へ上がった。でも、できるだけ女の子に負担が掛からないように気をつけながら。


「ちょっと、今クジラが」


 服にたっぷりと染み込んだ水をしぼりながら、自分は問い掛けようとしたのだが、出会ったばかりで、お互いの名前どころか、状況すらも知らない状態でこんなにいきなり質問をしてしまったら失礼だっただろう。そのため、質問をしようと発しかけた声も、途中で途切れてしまった。


「居ましたね」


 それでも女の子はニコニコとしながら自分の言葉に頷いてくれる。やっぱり居たのかと嬉しくなる。自分の頭が可笑しくなってしまった訳ではなかったみたいだ。


「あ」


 不意に茶色猫の事を思い出して足元を探すが見当たらない。あの猫のためにここまで来たというのに。しかし視線を遠くへ写すとすぐに見つける事ができた。クジラの被害に遭わないためか、木の影に隠れているようだった。


「猫を、追って来たんだ」


 茶色猫にゆっくりと近づき、しゃがんでその視線に合わせながらそっと手を差し出してみる。茶色猫は匂いを嗅ぐようにしてから近づいてきた。その体を抱き上げてから女の子の方を振り返ると、女の子はくすくすと笑顔で微笑んでいる。その動きと合わせてサラサラの髪が美しく踊っていく。


「その猫と私、お友達なんですよ」


 とっておきの秘密をこっそり教えてくれるみたいに、なんだか嬉しそうな笑顔を織り交ぜてそう言う女の子。この猫が人懐っこい理由は彼女から餌などを貰っていたからだったのだろうか。茶色猫は丸い瞳で女の子の方をずっと見つめている。まるで、二人だけで会話をしているようにも見えて、なんだか疎外感を感じてしまった。

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