《MUMEI》
過去
「あなたが、この猫を人に慣れさせたのか」


 少しだけ疑問符を残したアクセントで猫を揺すりながら言った。他愛もない会話がこんなにも心地良いと思えたのは、いったいいつぶりだっただろうか。おそらく、世界が終焉に近づいていると知ったあの日以来だろう。

 母親は自分の息子や夫を置いてどこかへ逃げ出し、父親は部屋の隅で震え、シオンは幼く泣きじゃくるクズハを優しく包むように抱き、自分は、部屋の真ん中で立ち尽くしていた。テレビの報道がとても信じられなくて。

 しかし、それは紛れも無い事実だったのだ。終焉の塔だって、建設当時は希望の塔と呼ばれていて、今では悪魔と呼ばれている三人の賢者により立案され建てられたものだったのだ。表向きには、原子力を使い半永久的に無限のエネルギーを生み出し、それを全世界へと送り出すための塔として建築されていた。全世界へ送るために、あんなに高く造り上げられたのだ。

 しかし、実際は恐ろしい目的のために造られた建物。メインとなるその原子力を使い、長い間その力を蓄積させ、それを一気に解放する事によって、この星に甚大なダメージを与えようとしているのだ。

 建設が終了した時、セレモニーが行われ、その様子が全国で中継された。まだ誰も、あの三人が悪魔だなんて夢にも思っていない。

 しかし、セレモニーの後半、希望の塔の近くに設けられた広場に集まった数千という人々の目の前で、その信じられない事は起きてしまった。広場の上空を飛行機が飛んだかと思うと、何かが落とされて来たのだ
。結末から言えば、それは遥かに昔に使われていた原子力をつかった強力な爆弾、原爆であった。

 希望の塔、いや、終焉のこと塔の一部の窓が開かれ、大きな穴ができたかと思うと、爆弾を落とした飛行機はそこへと消えて行ってしまった。

 辺りはパニックである。日なたに居た人達は一瞬にして消え去り、木や建物の影に居て一命を取り留めた人すらも、体が溶けて生きているのが不思議な状態ですらあった。そんな中継が世界中に流され、ショック受けない人が居るだろうか。きっと、これを中継していたカメラマンもひどい事になってしまっていたのだろう、カメラは放置され、近くでは男性の叫び声が聞こえ続けていた。

 それからしばらくして、塔に居る三人の悪魔からのメッセージが世界へ届く。三人は、この塔に力を溜めて近い将来、この星を消し飛ばす、と。

 世界が消えてしまうのだから、どこにも逃げ場が無いというのに、母はどこかへ逃げてしまった。父親は毎日震えるばかり。最後は、父も消えていってしまった。残された自分達兄弟は、どうにか今まで生きて来られてはいるが、これからもそう上手く行くとは限らない。

 あの事件から十数年も経ったが、世界はまだ若干の混乱を見せている。しかし、事件当時のような荒れ方ではない。当時は、ひどかった。社会なんてものは存在しない。みんな生きる事に精一杯になってしまい、中には三人の悪魔に挑み、放射能浸けにされてしまったひとも少なくない。

 だから、自分達は盗みを覚えるしかなかった。しかし、それでも生きてこれたのだからマシま方なのだろう。

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