《MUMEI》

 「最近、様子がおかしいな。お前」
一夜明け翌日
昨日に続き店を訪れてきていた高見が突然にそんな事を言い始めていた
「何よ高見。藪から棒に」
「別に、唯何となく。で?何にかあったか?」
「あら、珍しい。アンタが相談に乗ってくれるなんて」
普段あまり店に来ることをしない友人
ソレが、余程畑中んの様子が気に掛るのか今日は長居で
畑中がその事を指摘してやれば
「……テメェ、何か嫌な事とかあった翌日は絶対ウチの嫁で遊ぶだろうが」
ソレは勘弁だ、と肩を竦めて見せる
「あら、だってあんたの処お嫁さん可愛いんだもの。だからつい」
語られる理由。そのくだらなさに高見は肩を落としていた
「……だからつい、じゃねぇよ。とにかくだ、他人が知らん所でストレス溜めこむな」
「何それ。普通逆じゃない?」
「テメェ普通じゃねぇだろうが」
「あら、オカマを差別するわけ?高見ったら酷い」
「気色悪ィ声出すな」
不気味だと辛辣な言葉を更に続ける高見
だが
「……テメェの様子が変だったって、うちのが心配してたぞ」
ソレはすぐに変わり、労わる様な言葉
向けられた突然のソレに、畑中は瞬間呆然としたものの、すぐさま肩を揺らし
「……心配させちゃったみたいね」
申し訳なかった、と肩を竦ませる
珍しく殊勝なその様に田畑は驚き、そして肩を揺らしながら
「別にどうでもいいがな。こっちに害さえなけりゃテメェがどうなろうが」
「あら、冷たい」
わざとらしく肩を竦めて見せれば
だが相手は何を言う事もそれ以上はせず、帰るの一言で店を後にしていた
微かな、戸の閉じる音
誰も店内に居なくなったのを確認し、畑中は郵便物が無いかを確かめに外のポストへ
何も来ていないことを確認するとまた中へと入る
「……起きたか?」
中へと戻って丁度
起きたばかりらしい小林と廊下で鉢合わせした
暫く互いに無言
そして
「……俺の服、返せ。帰る」
手を差しだしてきた
だが畑中は何を返してやることもせず煙草へと火をつける
白い煙を吐いて出しながら
相手の話は聞こえている筈にも関わらず、畑中はやはり何を返す事もしない
「……おい、聞いてんのか。俺の服――」
「かえす気はねぇよ。服も、お前も」
「なん――!」
で、と最後までは言えなかった
言う筈だった唇は畑中によって塞がれ
言葉どころか、呼吸すらままならない
「苦し……。離、せ……!」
「慣れろ。クソガキ」
随分と身勝手な畑中の物言い
だが不慣れな感覚ばかりに苛まれる小林に
それ以上の文句を言う気力は残されていなかった
意味のある言葉は失われ
音としての呻き声ばかりがその口を突いて出る
「帰、る。離、せ」
何とか頭を振り見出し解放された小林が乱れた呼吸のまま呟いて
次は畑中の拘束から逃れようと身を捩った直後に
不意に首筋に痛みを感じ、生暖かい何かがそこを伝っていく
「な、に?」
「さぁ、何だろうな」
言いながら、畑中の口元は赤く染まり
唇についてしまった血を舌で舐めとっていた
「痛っ……」
その直後に感じる痛み
ソコヘと触れてみれば、ぬるつく朱の水滴が手を汚す
男の割に柔らかな肌質
少し噛みついただけでも赤く痕が残り
乱れた着衣から覗くその痕は、ひどく扇情的に畑中には見えた
「……なんで、こんなオスガキなんかに――」
吐き捨てる様に小声で呟くと、畑中は小林と距離をあける
「……テメェの服は裏に干してある。多分乾いてるだろうから、勝手に取って帰れ」
邪魔だと手で追い払う様な仕草を向ければ
小林は漸く我に帰り、そして畑中を睨みつけその場を後にしていた
その姿が完全に見えなくなると、畑中は苛立ちに壁を殴りつける
興味が、そして関心がないのなら何故此処まで苛立たされるのか
ソレが理解出来ない事が更に畑中を苛立たせていき
だがいくらそうしていた処で解る筈のないソレに
畑中は憎々しげに舌を打ったのだった……

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