《MUMEI》
熱
「はぁ」
今宵は1階まで降りると、足の速度を緩めた。
なんてこうもうまくできないのかな?
こんなんじゃまた変に思われちゃったよ!!
「失礼しました」
聞き覚えのある声に、俯き加減だった顔を上げる。
あ、上げなきゃ良かった!!!
職員室から出てきた相手と目が合う。
「こー」
「歩雪くん・・・・・・」
その声の主は、避けようとしている相手だった。
2人は、目が合ったまま動かない。
正確には今宵が逸らそうと思っても、何故か逸らせなかった。
「こー」
歩雪が今宵の名前をもう一度呼んだ。
今宵は瞬間的に顔を下げ、足を踏み出す。
歩雪の横を通り過ぎる時、ポツリと呟いた。
それは、何か言わなければと思い、とっさに出た言葉だった。
「・・・・・・琴吹くん達が待ってたよ。早く行ってあげて」
早く、早くここから立ち去りたい。
今宵が早足で歩雪の横を通り過ぎた。
パシッ。
それは歩雪が今宵の手首を掴んだ音だった。
静かな廊下にこの音が響く。
「こーは。待っててくれないの?」
「ごめんね・・・・・・。今日は早く帰らなきゃいけないから」
今宵は歩雪に背を向けたまま答えた。
熱い。
歩雪くんに捕まれている右手首が、熱い。
何で・・・・・・。
何で引き止めたの?
前に進むことも、後ろに戻ることもできないじゃん。
「じゃあ、ね」
辛うじて挨拶の言葉が出た。
今宵は歩雪の手からスルッと抜け出し、玄関へ向かった。
外に出て、ひんやりとした空気に触れると、右手首にぬくもりを感じる。
まるで、そこの場所にだけ熱があるように。
この熱はどうやって冷ませばいいの?
今宵は右手首を胸に当てて目を閉じた。
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