《MUMEI》 綺麗「何が目的だ」 シオンの第一声が冷たく響いた。明らかに敵意を剥き出しにした視線に貫かれ、女の子、ヴァーミリオンは畏縮してしまっている。しかしシオンは正しい。この女の子は明らかに怪し過ぎる。結局、昨夜は彼女の自宅、というよりも豪邸にお邪魔したのだが、彼女の本拠地へ乗り込んだ割には何もわからなかったのだ。ただ、女の同居人が居て、その人から彼女はヴァーミリオンと呼ばれていた事ぐらいしかわからなかった。だから名前は恐らくヴァーミリオン。しかし後はわからない。 クズハも怯えてしまっている。彼にとってシオンは優しい兄だから、こんなに怖い形相を見たのは久し振りになのだろう。今にも泣いてしまいそうな表情でこちらを見つめて助けを求めて来ている。だから今度は自分がシオンを見つめた。クズハが怖がっている事を伝えるために。 「そういえば、昨夜は風呂に入らなかったな。レオン、クズハと一緒に行ってこいよ」 「わかった」 助かった。このままこの空気の中にクズハを置いてしまったら確実に泣いてしまっただろう。 「クズハ、行こう」 「うん」 クズハは心配そうにシオンとヴァーミリオンの方を見ながら、それでも頷いてくれた。その華奢な体、というよりも脆弱な体を背負い、家を出る。クズハを安心させるため道中様々な話をした。得に、昨日の夜、湖でクジラを見た話しや、空に輝いていたという星の話。できるだけ、ヴァーミリオンの存在には触れないように注意しながらクズハの喜びそうな話しをいくつも探した。 森の木になる木の実と葉を集めながら歩を進めた。自分が木に近付いてクズハが手を伸ばす。クズハは軽いからそういう動作もまったく苦にはならない。この実は割ると綿のような果肉が現れ、それを水に溶かすと泡が立つのだ。葉の方は肉厚で、こちらも中身は綿だ。しかし葉の方は吸水性にすぐれているだけで泡にはならない。今まで、これを石鹸とタオルとして使っていた。 街の方角とは45度ほどそれて森を進と海へと出る。森と浜辺の境目の辺りに横たわっている大木にクズハを座らせ、服を脱がせた。大木から伸びる枝が背もたれの代わりになり、クズハでも楽に座っていられるのだ。 自分も服を脱ぎ、クズハを抱えてゆっくりと海のお湯へと浸かる。大昔は海の湯が水で冷たかったとか、塩分を豊富に含んでいてしょっぱかっただとかは幼い頃に親から教育機関でで習った。当時の気温と現代の気温を比べると大分違うらしく、昔の方が低かったらしい。 そういえば、終焉の塔に住む三人の悪魔が世界を終わらせるために使おうとしている原爆というものも、その時代の遺物らしい。あまりに高すぎる威力と後遺症により、この世界に存在するすべての国の意見が一致し、放棄をしたのだとか。そのうち失われた力となったが、三人の悪魔はどうにかしてその力を手に入れたのだろう。 「レオン、見て」 「なに?」 クズハの声に少し遠くの海面へ目をやる。するとそこには花が生えていた。まだそれほど深くはない辺りの海底から、ひょろりと枝が伸びていて、その先に小さなオレンジ色の花が一つだけ付けられていたのだ。辺りに同じ種類の花は見当たらない。これではせっかく花を咲かせても授粉できずに死んでしまうのではないか。いや、わざわざ海の中に花を咲かすほどなのだから、波に乗って遠くの仲間まで花粉を飛ばすのかもしれない。 「きれいだね」 「そうだな」 ニコニコを笑いながら言うクズハの方がきれいだった。 前へ |次へ |
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