《MUMEI》

「そうだ、母さんの土産があるんだった……。」

父さんとの間が苦しくて俺は箱を開けてみる。
箱からは機関車が出て来た。


「よく取ってあったな……直したのか。」

父さんも覚えていたようだ。
そうだ、この機関車は父さんが俺に最初で最後に買ってくれた物だ。

黒いボディに精巧な作りで、今思えばかなり高価な品だろう。


「俺が自動車のアニメが好きなの知ってて父さんが買ってくれた物なのに壊したんだ。
今更、弁解するようなことじゃないけどさ、飛行機が好きでいつも見ていたのを気付いて貰えなかったことに腹を立ててたんだよ……」

黒い機関車を床に叩きつけたのはよく覚えている。
俺は父さんに殴られるのを覚悟していたが父さんは、
「捨てておけ。」
と一言だけ残していなくなった。


「……捨てておけ。」

父さんの捨てておけは、父さんを記憶から捨てろという意味だったのだと今気付いた。


「機関車を渡してくれた時に父さんさ、聞いたよね……あれはね、嘘だったんだよ。」

父さんは千寿とどちらが好きかと聞いたんだ。
飛行機を好きな俺を知らない父さんが許せなくて千寿が好きだと嘘をついた。


「千寿に懐いていたじゃないか。」


「俺は千寿の可愛い犬だったんだよ。千寿にあやされてると、何も考えなくていいから楽だった。
おかしいよね、人を好きになって愛されると全然そんなんじゃ足りないのにね。いつも母さんと父さんの子供だって意識はしていたよ、口には出せなかったけど。」

昔の俺は欲しいものが手に入らなかった。


「指輪……」

父さんが鋭く俺の親指を見付けた。


「うん。あ、千寿じゃあないからね。」

婚約指輪って決定的なものでも無く、上手い言葉が出ない。


「……知り合いか?」


「仕事仲間。」

今はだけど。


「俺は知っているか?」


「……知らない人。」

父さん、気になっている……?
とか、無いよな。


「機関車はな、自分が好きだった。
車に興味があるならと勝手に買ってきたがらくただ。
大抵、光は先を見ていて成長に追い付かなかったが……。」


「全然成長なんてしてない。
それに、今は機関車がカッコイイって思えるよ。病気治ったら茉理となっちゃんと四人で乗ろう。」


「……それを大人って言うんだ。大人は優しい嘘をつく…………」

話過ぎたのか、少し辛そうにしていて、奥さんを呼び、胸に機関車を抱いて帰った。
一瞬だけ振り向くと、奥さんが心配そうに父さんに駆け寄ってて、少しだけ疎外感を感じた。

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