《MUMEI》

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 ガササッ


 グルルルゥゥゥウウゥゥゥゥ…………


 遊歩道に沿って生える低木の間から、敵意剥き出しの唸り声を上げる、一匹の犬が鬼の背後に現れた。

 犬はちょっとしたおっさんと同じ位の大きさのセントバーナード。赤い首輪と同色のリードを垂らし、全身を覆う手入れの行き届いた真っ白な毛は所々、ペンキを浴びたようにベットリと濡れている。

 鬼は楽しみを邪魔されたと言わんばかりに顔をしかめ、ある程度の距離を取って威嚇する犬の方へ向き直る。


 ウウウゥゥゥゥゥ…………


 ひょっとしたらあの犬コロは、地面の染みになった女の飼い犬だったんだろうか。

 ギラギラと怒りに満ち満ちた黒い瞳。テラテラと唾液に濡れる鈍く尖った牙と、その隙間から漏れる呪詛のような低い唸り声。地面に貼り付くように身を伏せて、細胞のひとつひとつに力を溜め込んでいる。

 それに対して俺に背中を向けた鬼は、自分より遥かに小さな獣を、ただ漫然と見下ろしているだけ。

 辺りの空気が、限界まで引き絞った弓の弦のようにきりきりと張り詰め、次の瞬間、弦を爪弾く指が離れ、つがえた矢が放たれた。

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