《MUMEI》

.

 ガウゥッッッ!!


 ドガンッッ


 それは瞬き程の一瞬の出来事――。

 始めに犬が動いた。
 溜めに溜め込んだ力を解き放って、鬼の喉笛めがけ牙を剥き出し飛び掛かる。

 後手に回った鬼は素早く振り上げた手を握り、飛んでくる狂暴な白い矢を降り下ろした拳で撃ち落とした。

 胴体にめり込んだ拳は骨を粉々に打ち砕き、内臓をズタズタに引き裂き、地面に叩き付けると原型すら残さず、飼い主と揃いの地面の赤い染みにする。


 ベチャッ


 犬が地面にぶち当たって水風船のように弾けた時、頬にぶつかった何かを指の腹を使って拭う。

「うっ――――!」

 中指と薬指に赤くドロリと血の滴る肉の欠片がまとわり付いた。

 キャパシティを遥か彼方にぶっちぎった恐怖が、ポンコツだった心と身体に火を入る。

「うわぁぁぁああぁあぁぁあぁぁっっっ!!」

 自分でも信じられない位の大声が腹の底から溢れ出し、鬼の居ない方へ――暗闇待ち受ける雑木林の中へ向かって、身体が引き千切れんばかりの勢いで走り出す。

「何だあれ!何だあれっ!何だあれっっ!!」

 呼吸もフォームもバラッバラ。手足は一歩でも遠く、一秒でも速くその場から離れようと必死に足掻き、パニクる頭はバグだらけのノイズを吐き散らかす。

 そしてそれとは別のもう一人の自分が、そんな無様な自分の姿を冷めた眼差しで見下ろしていた。

 暗い木々の隙間を縫って、とにかく前へ先へと走り続けると、不意に視界が開け光が差す。

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