《MUMEI》

.

 ガンッッ


 いきなり鼻っ柱への硬い一撃に、目から火花が飛び出す。

「くんぬぅ……ぅっふぅ……っ」

 両手で鼻を押さえながら二度三度身体を仰け反らせてその場に屈み込む。

 指の隙間から零れ落ちそうになる涙を必死に堪えて前を見やると、人工的な白い明かりに照らされた、錆止めの赤ペンキを塗った鉄柵が行く手を阻み、その向こう――道路を挟んだ反対側に赤い光が目に飛び込んだ。

「交番だっっ!!」

 出入り口の上にぶら下がった赤い照明にローマ字で書かれた『KOBAN』の文字。

 鼻に刺さるじんじんとした痛みを代償に、僅かばかりの冷静さを取り戻した俺は、胸の高さの鉄柵を乗り越え、転がるように道路を横切り交番の中へ。

「助けてくれっっ!!」

 開口一番声を張り上げるが、四畳半位のさして広くもない空間には安っぽいスチールの机が一つにパイプ椅子が三つだけ。頭上の生っ白い蛍光灯が俺と一緒にそれらを照らし出す。

「だぁぁぁぁぁぁぁっっ!!なんで誰も居ねぇんだよっっ!」

 握った拳で、だむっ!と叩く机の上で、ガチャンッと電話が跳び跳ねる。

「そうだ!110番っ!!」

 自分の会心のアイデアに思わず喝采を送りたくなるのを自重し、慌てふためき受話器を取ると勢い余ってお手玉をする。

「うぉっととっ……」

 不器用に手の中に収めたそれを耳に当て、ボタンを押そうとした瞬間、はたと気付いて伸ばした指をピタリと止めた。


「……110番って、何番だっけ?」


 とてつもなく重要な事を忘れてる気もするが、それが何なのかどうしても出てこない。喉の奥に小骨が引っ掛かったような感じでイライラする。

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