《MUMEI》

.

 パンッ パンパン パンッッ


 派手なロケット花火のような破裂音を立てて拳銃が火を吹いた。

 撃ち出された弾は全部で4発。

 その内2発は部屋の壁に当たり、残り2発は鬼の眉間と左肩に当たる。

「当たっ…………た?」

 隣で撃った本人が他人事のような呟きを漏らす。

 確かに弾は当たった。当たったが、鬼の赤褐色の厚い皮膚に申し訳程度の小さな痕を二つ付けただけで、鉛の弾はひしゃげて落ちて転がった。

 鬼がそれで終わりかと言わんばかりに、フシュゥと鼻を鳴らす。
 醜い顔がニタリと歪んだ。

「――――――っっ!!」

 底冷えする恐怖が俺と、恐らく警官の背筋を這い上る。

 ヌッと伸びてくる巨大な腕。それは俺ではなく、銃を握る警官の両手へ――。


 メギッ ゴリンッ


「ぎぃゃあああああぁっっ!!」

 握った拳の中で鉄と骨の潰れる嫌な音と、警官の絶叫が鼓膜を叩く。

 耳を塞ぎ顔をしかめる俺とは対象的に、鬼は満足気に目を細めてやがった。

 ――――もしかして今なら!?

 鬼の意識は俺から外れ、今は痛みと恐怖に泣き叫ぶ警官へと向いている。

 息を止めて可能な限り気配を殺し、背中を壁に張り付け、ずりずりと、慎重に壊れた戸口に向かう。

 鬼は新しい玩具に夢中で俺の動きに気付いていないようだ。

 ――大丈夫。行ける。

 絶え間なく続く阿鼻叫喚に心乱されないように。地面に落ちたガラス片を踏んで足音を鳴らさないように。細心の注意を払い、一歩、地獄の拷問部屋から外へ足を踏み出した。


うぉっしゃ!やった――――!!


 無音でガッツポーズを取る俺と、両手足を潰され床に転がった警官との目が合った。

「たす……助けて、助け…………」

 理解を遥かに越えた痛みと恐怖で、ぐちゃぐちゃの汁まみれに歪んだ顔で助けを求めてくる。

 ごめん。ムリッ――!!

 蛇のように足下からまとわりついてくる視線を振り解くと、踵を返して一気に駆け出す。


「ぎぃゃあああぁぁぁ…………」


 背後から警官の断末魔の悲鳴が尾を引いて追い掛けて来るのを、耳を塞いで頭を振って必死に聞こえないフリをした。

 いったい何がどーしてどーなって、こんなデタラメな事に巻き込まれなきゃなんないんだ。俺が何か悪い事をしたのか?

「誰かなんとかしてくれぇぇぇ〜〜〜っっ!!」

 俺の悲鳴混じりの雄叫びが夜中の住宅地に響き渡った。

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