《MUMEI》

「おかしい……」

 荒い息遣いの隙間を縫って、漠然と感じる違和感に呟きが漏れる。

 鬼の巨体じゃ通るのにも苦労しそうな細い路地や裏道ばかり駆け抜けて、住宅街からオフィス街まで来た俺は、ビルとビルの谷間の溝のような小道に身を潜めしゃがみ込んでいた。

 心臓はバクバク。息はゼェゼェ。足はパンパン。

 違和感以外にも、体力が限界に近いっていうのも理由のひとつではある。

 目を閉じて耳に意識を集中する。

 聞こえるのはビルの谷間を過ぎる風の音。ゼェハァと鎮まらない自分の呼吸。ドクドクと波打つ胸の鼓動。

 やっぱり変だ。街の音が何も聞こえない。

 フリースからケータイを取り出してみると時間は午前3時を過ぎたばかり。

 いくらこんな時間だからって何の音もしないなんて有り得なくないか?普通なら車の一台や二台は走っていてもおかしくないはずだ。

 意を決して大通りに出てみたが、二車線の道路には、タクシーも配送トラックも、頭のネジの弛んだ暴走族の気配すらない。

「なんだよ、これ……」

 人っこ一人いない真夜中の街は、巨大な墓石が立ち並ぶ霊園のようにも見える。その中のひとつにもたれ掛かり、ズルズルと崩れ落ちた。

 何だよこれは?俺は夢でも見てるのか?

 知ってるはずの世界が全く知らない世界に見える。まるで不思議の国にでも迷い込んだアリスの気分だ。

 途方に暮れてアスファルトの地面に視線をさ迷わせていると、砂粒程の小さな石がぴょこぴょこと跳ねているのを見つけた。

「何だ?」

 最初は地震かと思ったが、一定の間隔で繰り返される揺れと、徐々に大きくなるそれは地震のそれとは明らかに違う。

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