《MUMEI》

.

こんな穏やかな日々がずっと続くのだと、信じていた、ちょうどその頃、

風子に、彼氏が出来た。

高校2年の、夏休みの直前だったと思う。


「好きな人が出来たんだ」


風子の突然の告白に、俺と晶子は驚いた。

美しい容姿で性格も穏やかな彼女だったが、その日まで一度も、そんな浮わついた噂はなかった。だからきっと、風子は恋愛に興味がないのだと、勝手に思い込んでいた。

しかし、風子がポツリポツリと明かした、その彼氏の話から察するに、1年間くらいの片想いを経て、ようやく実を結んだ恋だったようだ。

相手は、藤川(フジカワ)という2コ上の卒業生で、その時は都内の大学に進学していた。

晶子は彼の名前を聞いただけで、誰だか見当が付いたらしいが、俺は全く知らなかった。

「初めて、こんなに人を好きになったの…こんな気持ち、今まで知らなかった」

壊れ物をそっと柔らかく包み込むような話し方をする風子の顔は、いつもよりもずっと可愛らしく、そして優しかった。


その頃俺と晶子は、それぞれに付き合っている人がいて、同じように大切に思える人に出会えた風子の初恋に、とても喜んだ。

「じゃあ、こんど合同でデートしようぜ!」

「6人で!?団体扱いじゃん!ガキくさっ!!」

「いいじゃん!大勢の方が楽しいだろ?」

勝手に盛り上がって騒ぎ散らす俺と晶子を、まるで聖母のような美しい微笑みを浮かべ、風子は優しく見守っていた。



―――その頃は、

俺達はみんな幼くて、

この先、

あの、無邪気な風子の運命が、歪み始めることになるなんて、

ちっとも想像していなかった。



.

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫