《MUMEI》

「なっ!?おいっ、返せよっ!」

「ひぃ…ふぅ…みぃ…よぉ……と、なんやなんや?たったの五千円しか入って無いやないか!?」

 札はおろか小銭の一円玉まできっちり抜き取り、自分のポケットに無造作に突っ込むと、まだ何か隠してないかと言わんばかりに財布を探ろうとする。

「おい!もういいだろ、いい加減返せよっ!!」

「なんやねん、ムキになってからに……。はっはぁ〜〜ん。さては片想いの娘の隠し撮り写真でも隠しとるんか?」

「そんなモン入れてねぇよ!」

 取り返そうと手を伸ばすが、この女、予想以上に力が強く、全然財布に手が届かない。

「ええやんええやん。青春の甘酸っぱいメモリーを、オネーサンにも分けてぇな」

「ウッセェよ!マジ止めろって言ってんだろ!!」


 ポトッ


 もみ合っている内に財布からそれが転げ落ちる。

「あっ!」

「あ…………」


 ……………………。


 永遠に続くかのような短い沈黙。

 猫目の女が地面の上でくたっとなっているそれを拾い上げる。

 それを元あった場所へ仕舞い込む。

 財布を俺に握らせる。

 肩にポンと手を乗せる。

 最後に視線を逸らしながら労るようにぽつりと一言。

「甘酸っぱいて言うよりもイカクッサいメモリーやったな」


 ガクゥゥゥッッッ


 今まで生きてきた中で最大級の痛恨の一撃を心に負った。

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