《MUMEI》

 
 
 
    「七生!」
鞄も持たず出て行ったから、きっと、すぐ突き当たりの廊下にいる。
行き止まりになっていて、隠れやすい。
何よりあそこの大きな窓からはグラウンドが見えた。

あいつは昔から隠れんぼのときは体育座りと決まっていて、端に身を寄せている筈だ。



    ほらいた

「連れ戻そうたってそうはいかないからな!」
完全にご機嫌ななめだ。
腕から半分出している目つきの悪さで分かった。

「勝手に話が進んでいたことが気に入らなかった?」
七生の隣に腰掛ける。
俺と膝が引っ付いた。グラウンドでは走り込みの掛け声が鳴っている。






「授業中に読む
現国の“こころ” “羅生門” 古典の一節 現社の一行 


七生の声が忘れられない。

朗読の大会を知ったときからいつかこの最高の舞台に立って欲しいと思った。                 惚れたよ。」





俺の独り言に反応して七生がゆっくり顔を向けた。

「口説いてんのそれ……気持ちワリ。」



「 五月蝿い。


俺が見てきた七生はいっつも輝く舞台に立っていて、そんなお前はもっと光ってて、そんなお前を隣で見るのが好きなんだ。

七生には可能性が無限に在るんだってことを知ってほしい。」
………なんか、言ってて今更恥ずかしくなってきた。




七生にも伝染してきたみたいだ。目が合わせにくい。

「あー……



――――やるからにはてっぺん目指すから……」



    え。



今なんて?
七生は隅に伏せたまま顔を貼付ける。耳が赤い。



これは、もしや

「   ……やった、やったああああ!」
勢い余って抱き着いてしまう。向こうでゴンとか鈍い音したけど、なんかもういーや。後頭部を摩っているのも気にしねぇ。タンコブ一つくらいでいちいち謝っていられるか。



「 おだてられた? 」
訝しげに眉に皺を寄せる七生にひじ鉄を喰らった。



痛みはアドレナリンではっきり分からん。
「何をおっしゃる!自分で了解したじゃないか。自由意志、自由意志!」

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