《MUMEI》 ビルの中は外よりも空気が冷たくまた暗かったが、次第に目が慣れると、そこが何の飾り気も無いコンクリートが打ち付けられただけの、まさしく造りかけのロビーだという事が解った。 本当に申し訳程度の薄ぼんやりとした光が通りに面した全面ガラス張りの窓から入り込んでくる。取り付けたばかりなのか、ガラスにはビニールが貼られていて、危険防止の為、表に設置された防護シートのせいでここから外の景色は窺えない。 女はどこから取り出したのかペンライトを口にくわえて、壁や床に俺の胸にあるのと似たような紙切れをペタペタ貼ったり、ゴソゴソと何かを描いたりしているようだ。 「えぇ……と、あっちとそっちとこっちと…………」 「なぁ、何やってんだ?」 「ん?あぁ、ちょっと罠を…………よし。大丈夫やな」 一通りの作業を済ませたのか、女は自分の手際の良さに満足気に頷き、ペンライトと極太の筆ペンをジャケットの胸ポケットに突っ込むと、俺の方へとやって来る。 「そう言えばお互い名前もまだ知らんかったな。ウチの名前は、魅鏡 麗。あんたは?」 「みかがみ、うらら……何かA――」 ――キュイィィーーーーーンンッ――。 「――――はっっ!?」 突然、俺のシックス・センスが発動する。 辺りを見回すが、何かが近付いて来るような影も物音もしない。 「どないしたんや?」 目の前の女……じゃなかった、麗はあくまでにこやかに俺を見る。 まさか…………な。 「いや、何でもない……」 喉元まで出しかけた言葉を飲み込みお茶を濁す。 前へ |次へ |
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