《MUMEI》

「わぁーったよ。この円から出なきゃいいんだな」

「そうや。じゃあウチは向こうで隠れとるさかい」

「ちょいちょいちょいちょいっ!」

「なんや?」

「俺をこんなトコに立たせといて、何自分だけ隠れようとしてんだよ!」

「しゃあないやん。その札、もうそれ一枚しか残ってないんやから」

「ならアンタがここに立ってりゃいいじゃねぇか!」

「それはあかん!」

「何でだよ!」

「ウチは気配を消す事が出来るけど、アンタにはそんな芸当は無理やろ?もし入れ換わってアンタの隠れた方に行かれでもしたら折角張った罠が無駄になる」

「じゃあ、俺は囮って事か?」

「ちゃうがな。邪魔されやんように大人しゅうしとれっちゅう事や。ほら、もう来るで」

 早口に言うと俺を円の中に押し込める。

「先言っとくけど、絶対出なや。一回でもそこから出たら効果は切れるさかい気ぃつけや」

 それだけ言い残すと、自分はとっとと壁際に山積みにされた資材の影に隠れてしまう。

 ホントに大丈夫か、これ?

 しゃがみこみ、指先で摘まみ上げようとして止めた。俺の身体に貼ってある札のように離れた途端、効果が切れたんでは目も当てられない。


 ズズン…… ズズンン…………


 不気味な足音がはっきりと聞こえてくる。

 ガラス向こうの薄黒いシートに、巨大で額から尖った二本の角の突き出した真っ黒なヒトガタの影がぬらりと現れる。その影が左から右へと動いて行き姿を消す。


 メゴッ


 玄関口の柱に極太の指が掛かり、その部分がへこみひび割れる。そして中を覗き見るように、影の落ちた顔をにゅっと突き入れた。

 ――――来たっ!

 井戸の底から水が染み出して来るように、薄暗いロビーに恐怖が――影を纏った巨大な鬼が踏み行ってくる。

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