《MUMEI》 . 風子は、数年前に自分の父親を亡くしていた。癌だった。発覚したときにはもう手遅れで、入退院を繰り返し、5回目の入院中に、病室で息を引き取ったそうだ。 「病院から『容態が悪化した』って連絡があったとき、わたし、仕事が早退出来なくて、間に合わなかったの。おとうさんの死に目に、会えなかった…ただそれだけ、後悔してる」 俺達の前で、そう明るく振る舞って、話した風子。 風子は一人っ子で、兄弟はいないので、父親の死後は、母独り子独りで、お互いを支え合って生きてきたのだ。 その母親をひとり残して、風子は旅立った。 誰にも追いかけられない程、遠い場所へ。 俺は幸運にも、今日まで肉親と死に別れたことはない。 だから、家族に先立たれるということが、実際、どれだけの苦痛を伴うのかは、到底、想像出来るものではない。 しかし、風子は、 『死に目に、会えなかった』 『ただそれだけ、後悔してる』、と。 大切な人の最期の時に、すぐ傍に居られない悲しみを、彼女は誰より理解していた筈だ。 ひっそりと佇む母親に対して、無邪気に笑いかける風子の遺影は、ひどく残酷なものに見える。 …ひどい裏切りだ。 心の中でそう呟きながら、俺は今一度、遺影を眺めた。 ―――普段と変わらない、いつも通りの風子の、笑顔。 遺影に使われた写真は、晶子が提供したものだと、前以て聞いていた。 風子が亡くなったと、彼女の母親から連絡があったとき、『娘の良い写真はないか』と、尋ねられたそうだ。 彼女が持っている風子の写真は、無表情のものばかりで、遺影に使える写真が見つからなかったらしい。 . 前へ |次へ |
作品目次へ 感想掲示板へ 携帯小説検索(ランキング)へ 栞の一覧へ この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです! 新規作家登録する 無銘文庫 |