《MUMEI》

 一瞬、床が揺れる。視界が巨大な足を捉えた直後、腹が吹き飛ぶような衝撃を受けて天井に叩き付けられると、そのまま力無く落下する。

「げぇっ、げほっ!」

 胃の奥から晩飯のカレーと血が逆流してくる。

 全身が麻痺でもしてしまったかのように何も感じない。自分の身体のはずなのに全然自由に動かない。

 その身体がゆらり――と、這いつくばったままその場を離れようとする意思に反して立ち上がる。


「るああぁぁああっっ!!」


 喉の奥から絶叫じみた咆哮を血と唾と胃液といっしょくたに吐き出し、千々に息を乱した鬼と対峙する。

 脇腹の傷は浅かったのか、周りの筋肉が盛り上がり血が流れるのを止めていた。

 ワケが解らない。こんな化け物と殺り合ったって勝てるワケないだろう。なのに身体は全く言う事を聞こうとしない。

 取って付けたような憎悪が止めどなく沸き上がる。どうやらこいつに身体の支配権を握られたようだ。

 ひょっとして、玉から吹き出したあの青い煙が原因か?

 だとするとあれの正体は、封じ込めたとか言う方のもう一匹の鬼――!?

 思考を遮るように、身体が勝手に鬼と真正面から殴り合いを始める。


「ぅるああぁぁぁっっ!!」


 がぁぁぁああっっっ!!


 鬼の繰り出す拳を身体は皮一枚の距離で避し、身体の繰り出す拳を鬼は鋼の筋肉で弾き返す。

 総合格闘技なんかをやってる連中は、戦いの最中こんな景色を見てるんだろうか。

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