《MUMEI》

「緊縛」

 背中越しに女の静かな声が響く。と、それまで気分良く吼えていた俺の身体の動きが、液体窒素で瞬間冷凍されたかのようにビタリと止まった。

「あ…………が……?」

 動けず叫べず。それでも無理矢理動こうとして、どす黒い血の池に転がり落ちる。

 床に這いつくばって見上げる視界に、ひょっこり現れるこの数時間ですっかり見慣れてしまった猫っぽい顔。

「うちがちょ〜っと休憩しとるうちに、アンタもまたえらい無茶なマネすんなぁ」

 麗が膝を抱えてしゃがむと俺の顔を覗き込み、呆れた声音で言葉を落とす。

「せやから見つからんように隠れときて言うたのに……。ほんまアホなんやから」

 好き勝手な事を上から目線で言ってくれる。

「う……が…………」

「あ〜……、そのまんまやと喋る事も出来ひんか。ちょぉ待っとき」

 ポケットから三枚の紅い札を取り出すと、その内の一枚を指にはさんで目を閉じる。

 すると、すっ――と、目の前にいる麗の気配が薄くなり、その存在があやふやになったような気がした。

「…………鎮魂」

 表情を無くした顔の薄い唇から、ひどく静かに言葉を紡ぎ出すと、それに反応した紅い札がぼぅっと仄かに光だす。

 その札を、呪縛を破ろうと必死に足掻く俺の身体に貼り付けた。光る札は溶けるように身体の中へ染み渡ると、俺を隔離して身体を支配していた荒れ狂う炎のような憎悪の火力が弱くなる。

「…………排絶」

 二枚目が貼られると、身体中の穴という穴からさっきとは逆に青い煙が吹き上がった。出ていく量に反比例して身体の中で燻っていた憎悪が、空気が抜ける風船のように縮んでいくのが解る。

「…………覚醒!」

 最後の一枚が貼られた。

 お?お?おおっ――!?

 身体と意識の間に拡がった溝が埋っていく。例えるなら、くたくたにくたびれた身体で熱めの湯船に浸かった時に味わう、心地好いようなこそばゆいようなそんな感覚に思わず気が緩む。

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