《MUMEI》

「さてと――。後はこいつだけか」

 視界に映る麗がすっくと立ち上がると、頭上にわだかまる青い煙に向き直る。右手には新たな白い札が一枚。左手には色褪せた青いガラス玉。

 霧散する事も無く留まっていた煙が何かを畏れるように麗から離れようとする。

「逃がすワケあらへんやろ!吸っっ!!」

 札がガラス玉に取り込まれると、怪しい光をぼぅっと放ちながら竜巻を生み出した。

 青い煙は逃げようと必死にもがくが、その裾のひと房をガラス玉から延びる竜巻に絡め取られると、千々に引き裂かれ玉の中へと吸い込まれていった。

「まぁ、こんなもんか」

 よくは解らないがこれで全て解決したんだろうか?

 逆上せたような視界でそれを観ていた俺の身体に、次第に味覚や嗅覚が戻り始めると、口の中や浸かっている血の海が醸し出す鉄錆びによく似た生臭いにおいと、それを濃縮したような悪臭が胃の奥から沸き上がって、崖から転げ落ちるように一気に気分が最悪くなる。

「ゲホッゲホッ、グェッ、エホッ……。あ〜〜もぅ何もかもが最悪だ」

 眉間の辺りに皺を刻み付け、起き上がろうと血溜まりの中についた手に力を込めるが、生臭くて赤黒い体液の海から身体が持ち上がる気配がない。

 まぁ、あれだけボコスカ殴られて無傷は有り得ないとは思っていたが、痛覚が無いせいで身体のドコにどの程度のダメージを受けているのか解らない。

「ほら――」

 麗が前屈みに身体を曲げて手を差し伸べてくる。その手を借りてどうにか立ち上がると、麗は深々ため息を吐き出した。

「しょ〜のないやっちゃなぁ、そないボロボロになって……普通やったら死んどるで、ホンマに」

「何言ってんだよ。誰のせいでこんな目に会ったと思ってるんだ?」

「うちのせいやて言うんか?」

「違うって言うのかよ」

「否定はせん。けどまぁ、お互い生きてるだけで善しとしとこやないか!」

「ちっ、勝手なコトばっか言いやがって……」

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