《MUMEI》

 空を見上げると雲は晴れ、西から東へ、濃紺から白へと星を霞ませながらグラデーションが掛かっている。

「は〜ぁ……。やっっと朝かよ…………」

 ゆるゆると強くなる陽の光が瞳に染みて涙が滲む。

「なんや?泣いとんのか?」

「なっ!?ばっっか!ちっげーよ!泣くワケねーじゃん、そんなの!!」

「ふっ…、まぁそー言うコトにしといたるわ」

 頭の後ろで両手を組んで、皆まで言うなと言わんばかりにニヤニヤ笑いながら、ビルの縁まで歩いて行った。

 うっっっわ。すっげぇムカつく――――。

 思わず殺気が沸き上がるがすぐに引っ込める。動かない身体じゃもて余すだけだし。何かまた変になったらヤだし。

 そんな俺に気付いているのかいないのか。無防備に背中を向けた麗が大きな伸びをして、

「さ――ってと…………仕事も無事終わった事やし、そろそろ帰ろか」

 近付いてくるとジャケットの内ポケットから紙切れを取り出し、それを俺に握らせる。手の中のそれは、麗の名前と携帯番号にメールアドレスが書かれた名刺だった。

「なんやかやあったけど、アンタともこれでお別れやな。もし何か妖怪変化の類いで困った事があったらウチに電話し。消費税分位はサービスしたるで」

 肩をポンと叩き、別れ際としては随分と色気の無いセリフを吐くと、自分はさっさと階段を降りて行ってしまった。

「何なんだよ。いったい…………」

 緊張の糸が切れたのかどっと疲れが出て、折れた柱にもたれ掛かる。



 その後――――。



 すれ違う通行人にどん引きされて完全シカトを極め込まれる中、動かない身体を引きずって、何とか家に帰った俺の姿を見るやいなやお袋は卒倒。妹は爆笑。血塗れでどす黒くなった姿を写メられまくった後、病院に直行、即入院。

 何度も死を覚悟するような目にあったにも関わらず、全身打撲に2、3ヶ所骨にひびが入っていただけで、一月足らずで完治するとの診断を受けた。

 病院のベッドの上という死ぬよりマシ程度のバッドエンドで俺の一夜の悪夢は幕を閉じた…………かに見えたその2日後――。

「う〜〜〜ん……朝青龍が……白鵬が…………ぶちかまし、ぶちかましぃぃ〜〜〜…………」

 麗の札の効き目の切れた俺の身体は、疲労やダメージが一括払いでやって来て、麗が忠告した以上の地獄の苦しみに襲われたのだった。

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