《MUMEI》 . いきり立つ晶子を無視して、俺は風子に向き直り、「風子は?」と尋ねた。 「彼氏、来るんでしょ?」 他意はなかった。 本当に何気なく、その言葉を投げ掛けた。 晶子が、『彼氏が来る』と言ったから、勿論、藤川先輩も風子に会いにくるのだろうと、安易に考えた。それだけだ。 俺の質問に、風子は澄んだ瞳をまっすぐ向けて、 「来ないよ」と、 小さく呟いた。 俺と晶子が、「…え?」と声を上げると、 風子は柔らかく微笑んだ。 「この前、別れたから」 さっぱりとした抑揚だった。未練とか、ドロドロした感情とかを一切感じさせない言い方。 俺達が何と返せば良いのか判らずに戸惑っていると、風子は微笑みを絶やさぬまま、静かに続けた。 「…好きな人が出来たんだって。『もう、付き合えない』、『最低な男でごめん』、て言われちゃった」 俺達の間を、涼しい秋風が吹き抜けた。 その風に乗って、密やかに流れてきた、風子の言葉。 ―――『人との繋がり』って、案外、呆気ないんだね…。 気の利いた台詞を、何も言ってやれなかった。 ただ、風子の遠い目が、 疲れたような表情が、 あまりに辛くて、胸が痛かった。 ―――高校2年の秋。 それは、 風子が初めて直面した、 失恋の、悲しみだった。 . 前へ |次へ |
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