《MUMEI》

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―――炉前ホールを抜けて少し進むと、開けた広間にたどり着いた。


そのスペースには小さな喫茶店があり、何人かの人がソファーに腰掛け、それぞれの思いに耽っている。

喫茶店の壁一面に張り巡らされた大きなガラス窓の向こう側には中庭があり、植えられた青々と茂る美しい木々が、真っ先に視界に飛び込んでくる。

さらに天井は高く、たくさんの光を取り込められる構造になっている為、先程の仄暗い炉前ホールとは、全く別の建物のようにすら感じる。


俺は晶子と共に、喫茶店の脇をすり抜けると、参列者用に設けられた、たくさんの控え室があった。

廊下に沿って、横並びに続いている控え室をいくつか通り過ぎ、『澤井家』と書かれた行灯が置かれている部屋に入る。


控え室の中では、風子の告別式に参列した人々が、密やかに会話を交わしながら、喪主に振る舞われた精進落としの膳を口にしていた。

俺と晶子は並んで自分たちの席に座る。二人の間に会話はなかった。こんな場所で話すような話題など、俺達には思い付かない。

目の前に置かれた膳に、手を伸ばすことすら出来なかった。

二人とも石になったように、じっと黙り込んでいると、俺の隣に座っていたおばさんが、急に声をかけてきた。

「…風子ちゃんのお友達?」

柔らかい抑揚だった。

その声に、俺と晶子はハッとして、同じタイミングで勢いよく顔をあげる。

そのおばさんは俺達の反応に少し驚いたようだったが、そのまま話を続けた。

「お仕事のご関係ですか?」

男女一人ずつ参列していたから、会社の同期代表か何かかと、思ったのだろう。

尋ねられた言葉に、まず晶子が「いいえ」と、朗らかに答える。

「同窓生なんです、高校の」

晶子の返事に、今度は俺が続けた。

「卒業してからもずっと仲良くして貰って…」

そう答えると、おばさんは嬉しそうに笑い、「そうなんですか…」と呟いた。


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