《MUMEI》 . なんでも、藤川先輩は風子と別れてから、例の『好きな人』と付き合ったらしいが、彼女の束縛が酷く、長く続かなかったらしい。 「『今度こそ大切にするから』って言われたとき、わたし、嬉しくて嬉しくて…先輩がわたしを選んでくれたって、わたしのところに帰って来てくれたって…それだけで、充分だったの」 本当に、嬉しそうに先輩の話をする風子。 俺と晶子は顔を見合わせた。 …風子には悪いが、 藤川先輩は、少し勝手過ぎるのではないか。 話を聞いていると、先輩は、『あっちがダメならこっちにしようか』というように、安易にうまく乗り換えただけのように感じた。まるで、風子のきれいで一途な想いを、弄ぶように。 それは晶子も同じように思ったようだった。 …利用されてるだけなんじゃねぇの? 正直、そう思った。 だけど、俺達は何も言わなかった。 風子の、なんの疑いもなく、真摯に先輩のことを信じている姿を目の当たりにしたら、それを否定する言葉が、どうしても口に出せなかった。 考えあぐねた結果、 「良かったな…」 という、当たり障りのない台詞を言ってやるのが精一杯だった。 ―――あの時、 俺がもう少し大人で、 躊躇うことなく、風子の為に、 『そんな男、やめろよ』 と、口に出してさえいたら、 もしかしたら、彼女は今でも、 昔と変わらず、俺達3人で、 バカみたいに笑い転げて居られたのかもしれない。 . 前へ |次へ |
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