《MUMEI》 「すみません」 低くてキレイな声だった。 それ以上に、顔もキレイな人だった。 「いっいえ…」 赤くなる顔を隠すように、わたしはすぐに俯いた。 心臓の高鳴りが、彼に聞こえないか、気が気じゃなかった。 それからと言うもの、彼が乗ってくるバス停になると、心臓が高鳴り始めた。 彼とわたしは違う学校。 同じなのは、バスに乗っている10分間だけ。 そのことがとても嬉しくて、とても寂しかった。 でも彼はいつもわたしの近くに立っていた。 その間はとても幸せだった。 …それだけで良かったのに。 満足できていたはずなのに。 バレンタインデーが近付くにつれ、不安になっていった。 彼のことを何も知らない。 それでも同じ空間にいるだけで幸せだったはずなのに…いつの間にか、贅沢になったのだろうか? わたしは彼に、自分のことを知ってほしいと考えるようになっていた。 だから友達と一緒に、バレンタイン用のチョコを買ってしまった。 今年のバレンタインデーは日曜日だから、みんな12日の金曜日に渡していた。 だからわたしも、金曜日にチョコを持って登校した。 だけど…人が多いバスの中では渡せず、その日1日は落ち込んで過ごした。 でも! 最後のチャンスがあった! 帰りのバスの中で、偶然、彼に会ったのだ。 幸い人も少なく、わたしはいつ渡そうか悩んでいた。 そして彼が降りる所になって、ようやくわたしは腰を上げた。 前へ |次へ |
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