《MUMEI》

彼の言葉に、思わず涙が浮かんだ。

「ゴメン。本当は男のオレの方から言い出せば良かったんだけど…。1年前の春、バスの中で見かけた時から気になっていたんだ。でも言い出せなくて…」

「ううん…。わたしもバレンタイン、何も言えなかったら…」

わたしはゆっくりと彼から離れた。

彼の優しくてあたたかな手が、わたしの頬に触れる。

そしてそのまま彼の顔が近付いてくるのを、わたしは感じながら目を閉じた。

わたしの冷たい唇に触れるのは、彼のあたたかな唇。

キスをした後、わたしは目にいっぱい涙を溜めながら、言った。

「キミが好きよ」

「うん。オレも好き。一目惚れだったんだ」

「うんっ…! わたしも一目惚れなの」

そしてお互いの顔を見て、笑った。

「そう言えば、チョコ、美味しかった」

「良かったぁ。友達と洋菓子の美味しいお店で買ったんだ。甘い物、苦手じゃないか不安だったの」

帰り道、彼はわたしの自転車を引っ張ってくれた。

「大丈夫。でもあの後、全然バスで見かけなくなったから、心配してた」

「ごっゴメン。あの後すぐ、自分の仕出かしたことに気付いて…。恥ずかしくって」

「そっか。でもちゃんと呼び止めなかったオレにも責任あるし、これからは何でも話し合おうな」

「うん! あっ、コレ、開けても良い?」

「どうぞ」

わたしは彼から貰ったホワイトデーのお返しを開けた。

「わあ! キレイ! 可愛い〜♪」

宝石のようにキラキラしているキャンディーがいっぱい袋に入っていた。

わたしは一粒取り出し、口の中に入れた。

甘酸っぱいイチゴのキャンディーだ。

「えへへ。美味しいね」

「オレにもちょうだい」

「うん。どうぞ」

彼は両手が塞がっているので、わたしが食べさせてあげる。

こんなふうに甘い時間を、わたし達は一緒に過ごしていくんだ。

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