《MUMEI》

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その様子を見た晶子は「修くん…」と、たしなめるように俺を呼んだが、それを無視した。

「俺達、高校に入る前の風子さんのこと、よく知らないんです。良かったら、お話してくれませんか?」

ハッキリ言って、そんなことに興味はなかった。昔の話なんか聞かなくても、俺は風子のことをよく判っているつもりだった。


そんなこと、どうでもいい。


でも今は、そんなどうでもいい話をしていたかった。

沈黙が怖い。言葉がなければ窒息してしまう。

何かしていなければ、風子とのたくさんの思い出に、飲み込まれてしまいそうで。



―――それが、何より怖かった。


まっすぐ見据える俺の目を見て、おばさんは優しく微笑んだ。

「風子ちゃんは、小さい頃から明るくて元気で、いつも走り回っていたわ…」

昔を懐かしむように語り出したおばさんの様子を見て、俺は内心ほっとした。

おばさんは続ける。

「優しい子でね。わたしがたくさん荷物を運んでいたら、よく手伝ってくれたりしたの…気の効く、可愛らしい女の子だった」


俺は、ゆっくり目を伏せる。


明るい日差しの中、緑が生い茂る原っぱを元気に走り回る、一人の幼い女の子。

蝶々のように気まぐれで、あちらこちらへ飛び回る。一時も目を離せない。

けれど、

きっと、その子に向かって名前を呼べば、ピタリと立ち止まり、こちらへ振り向くのだろう。


―――あの、眩しい笑顔で。


どっと、男達の笑い声がまた、沸き上がる。


俺はゆっくり目を開けた。

それから、おばさんの方へ向き直り、ゆったりと微笑む。


「風子さんらしいですね…」


俺の呟きに、彼女は瞳を潤ませ、黙って頷いた。



そこへ―――



「…そろそろ収骨のお時間です。皆さま、お支度くださいますよう…」



火葬場の女性職員の声が、密やかに流れてきた。彼女のアナウンスを聞いた参列者達は、それぞれに席を立ち始める。

俺と晶子も、おばさんとの会話を切り上げて、ゆっくりと控え室をあとにした。


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