《MUMEI》

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晶子は風子に藤川先輩とちゃんと別れるように説得した。その表情はいつになく、固かった。風子のことを本気で心配していたから、たぶん必死だったのだろう。

もう止めておきなよ、ロクな目に遭わないよ。男なんか他にもいっぱいいるんだから…。

もっと、もっといろんなことを語りかけていたが、風子は儚く微笑むと、弱々しく首を横に振った。

「先輩じゃなきゃ、ダメなの。本当に先輩が好きなの。何度捨てられても何をされても、先輩以外なんて、考えられない」


「惚れた弱みってヤツなのかな…?」と、自虐的に笑ってみせた。

『恋は闇』、という言葉がある。

人は恋をすると、理性を失ってしまうという。

―――きっと風子も、

その恋の深い闇に、囚われてしまったのだ。


晶子はもうそれ以上何も言えず、黙り込んだ。

俺は風子から目を逸らし、ただ深いため息をついた。




それからも風子と藤川先輩は、くっついたり別れたりを飽きもせず繰り返していたようだ。

風子よりも頻繁に会っていた晶子から、そんな話をよく聞いていた。

晶子はどうしても風子を先輩から別れさせたがっていたが、俺がそれを止めた。

この前会った時の様子では、風子は完全に藤川先輩にハマっている。そんな彼女に俺達がどんな正論を突きつけても、全く聞く耳は持たないだろう。



―――風子が自分で気がつくまで、

それまでは見守っていよう。

もし、風子が助けを求めてきた時には、

全力で、支えになってやろう。



俺達はそう示し合わせて、それ以来表立って風子を心配するのを止めた。



―――それが、最善だと、思っていた。



いつか、風子は自ら恋の闇から抜け出すことが出来るだろうと、至って安易に考えていた。



けれど、現実は、



情け容赦なく、



俺達の淡い期待を、粉々に打ち砕いたのだ…。



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